週初めからコーヒーブレイクも気が引けるのですが、私自身は土曜日・日曜日ずっと外に出ていましたので、休みの日です。



そこで、本日は近江商人考の第三回目です。


今から10年くらい前に校舎の建て替え問題で有名になった滋賀県豊郷小学校にこの春に行ってきました。私の実家の近くだったのですが、なかなか行く機会がありませんでした。豊郷小学校については、小さいころ両親から「東洋一の小学校と言われていた。」「丸紅の専務の古川氏によって寄付された。」と聞いていました。地元では誰もが知っている小学校だったのです。




今では、校舎としては使用されていませんが、映画「けいおん!」でモデル校となったことから最近では町おこしでも注目されています。「けいおん!カフェ」やライブなども開催され賑わっています。また国の登録文化財として検討されているようです。




さて、校舎に入った途端、私は何か圧倒された気持ちになりました。木造建築の校舎ですが、荘厳で音楽堂に入ったような感じでした。階段には、イソップ寓話の「兎と亀」の偶像があしらわれ、他の小学校にない洒落たものでした。この学校に入学した小学生はどんなに幸せだったでしょう。取り壊されなく良かったとつくづく感じました。




丸紅・伊藤忠の創業者の伊藤忠兵衛氏の実家も豊郷小学校の近くにあります。このあたりも近江商人の故郷なのです。このあたりからも多くの近江商人が輩出しました。私の小さいときにも就職先として近江商人出身の商社に選んだ人も多かったようです。


近江商人は「売り手よし。買い手よし。世間によし。」で知られているように、「三方よし」の精神を持っていました。この「三方よし」という言葉は私の恩師の故小倉栄一郎氏の造語のようです。この言葉の中の「世間によし」とは今で言う「企業の社会的貢献」ですから、昔から近江商人は先進的な考え方を保有していたのです。




先に書いた豊郷小学校の建設も社会貢献の具体的な例です。私は小さいころから近江商人の地元で育ったことから、近江商人の社会貢献の例はこの他にも数多く聞いていました。




話はそれますが、豊郷小学校を設計したヴォ―リズはアメリカから英語教師として来日して、建築家(同志社アーモスト館・大丸心斎橋店・滋賀大学など)としても活躍しました。またメンソレタームの近江兄弟社や学校の創設などでも行いました。しかし「近江の百万損者」と言われているように、儲けた金を療育院の建設など社会福祉に注ぎ込んだ福祉家でもありました。


また、「障害福祉の父」と言われる糸賀一雄氏も滋賀県の出身です。二人を輩出した背景には

近江商人の社会貢献の精神が近江の風土に生きているのかもしれません。