本日は、久しぶりに4月に実施した「シェア-ドサービスセミナー」の2回目を行いました。
定年退職以来4月のセミナーまで「シェアードサービス」のことはあまり考えていませんでした。しかし、このセミナー実施後が「シェアードサービス」は大切にしなければならない概念だと再認識しました。そこでこのセミナーがきっかけでブログを立ち上げたのです。私が出来る範囲で現役時代考えたことをできるだけ多くの事を伝えたいとの思いでした。ちなみに、今回のセミナーは韓国の企業の方が対象でした。
前置きが長くなりましたが、今日はシェアードサービスセンターに求められる「コスト意識」について述べます。
「コスト意識」を考えるうえでの私の体験したエピソードを書きたいと思います。
現役時代ある職場で管理職の立場にいた時のエピソードです。この職場に在籍していた際、会社の業績が悪化して、利益を向上させる打ち手として経費削減活動をしていました。この活動は俗にいうケチケチ運動とも言うべき内容でした。昼休みの事務所の消灯もその活動の一つでした。しかし、昼休みになっても誰も率先して消灯しませんでした。仕方なくまず私自ら消灯したのです。経費削減活動が徹底していなかったとも言えますが、やはり「コスト意識がない。」とも思いました。そこで、まず当番を決め消灯するというところからやり直すことにしました。
そして、このエピソードにはもう一つ付録があります。誰も消灯しないので、前述のとおり、しびれを切らして私が消しました。すると、ある仕事熱心な若手に呼び止められました。その若手から、「私が仕事をしているのになぜ消すのですか?」と少し怒ったような顔で言われました。
彼は真面目なのでしょうが、「コスト意識」という面では違和感を感じたので、「今は昼休みだよ。昼休みはきちんと守る。時間を考えて仕事をする。このようなスタンスの延長にコストを意識した仕事がある。」というような主旨で話ししました。
上記のような発言を私がしたのは若いころ上司から言われてことが頭にあったからです。その上司曰く「水道は蛇口で止めるから水がだらだら流れ続かないのだ。仕事もどこかでせき止めないとだらだらしてしまう。」このことを聞いて、私をはじめとして若手は、「昼休みを一つの区切りにして仕事を完成させよう。昼休みは誰よりも早く行こう。」のようなわかりやすい目安を設けて」仕事をしていました。このような行動が、ひいてはコストに結びつくのだと考えていたからです。
更に、私が入社した当時の経理のトップから、「経理は決算書を作るのは当たり前。フロアにビス(消耗品の一種)が落ちていれば、それを金とみんなに考えさせることが経理の役割。そんな意識が会社の隅々まで神経組織のように行きわたったとき会社はよくなる。」と言われたことは、今でもまざまざ記憶に残っています。
残念ながら、私も経理マンの端くれでしたが、このようなことは実現できませんでした。その面では私自身も偉そうなことは言えないです。まだまだ修行が必要です。