最近とある事情で精神科の勉強をはじめた夫。
専門は循環器内科ですが、なぜかポケット精神科を熟読してます。

先日自殺してしまった東北の中2の男の子を引き合いにだし、(彼がいじめにより鬱状態だったかは不明だが)うつ病患者は自殺願望が芽生えることがあり、別名うつは孤独病と呼ばれていると。

そして、鬱に限らず、自殺は、周囲に誰も自分に関心を持つ人がいない、愛されていないと感じたとき引き起こされると。
つまり、自殺の最大の理由は孤独。

離婚して彼をひきとった父親や同居の祖父母は、学校だけを責められるのか?孤独を招いた家族の責任はかなり重いのではないか。
(と、こんなことを夫はいっていたような気がする)


いま、赤ちゃんの世話をしている私はそれをきいて、愛されていないと感じるなんてなんて思い上がりだと思ってしまいました。

みんな誰しも赤ちゃんだった。

今成長してここにいるならば、誰かが必ずあなたのオムツを替えてくれた。
うんちのついたお尻をふいてくれた。
ミルクを飲ませてくれた。

息子のお世話をしていると、私もかつてこうして世話をして育ててもらったのねと胸が熱くなるときがあります。

だから、そうした愛情の積み重ねの上に自分の存在があることを辛くても思い出してみてほしい。

と、いったところ。

夫は、うちのふーちゃんは、オムツ替えも頻繁だけど、中には日に一度、二日に一度しかオムツを替えてもらっていない赤ちゃんもいるよ、と。
それはもはや育児放棄で、世話をしているとはいえない状況。
そういう環境下で育った子供は、自殺といかないまでも素行不良になる可能性が高いと。

つまり、ただ行為として適当に世話をするのではなく、愛情をもって世話をされたか、ということが大切だよね、と。


そうかなるほど。
でも、ほんの少しの愛情ももたず世話なんてできるものかしら・・・。



私はやっぱり、オムツ替えの数だけ愛情があるって信じたいな。
日に一度しか替えないのはだめだけどさ。