少し、長いです。
私自身の心の記録なので、読み飛ばしていただければと・・・。
先日、母方の実祖母が亡くなりました。
91歳の大往生でしたが、
母と実祖母は、これほど縁の薄い母娘があるの、というような運命でした。
実祖母は、母が2歳のころ、祖父と離縁しており、
最期は、老人ホームのベッドの上でひとり息を引き取りました。
母は昔、「ちょっとお出かけしてくるね」といったきり、
幼い自分を捨てて出て行った祖母を許すことができず、
結婚するまでは一度も、その後も生涯で数えるほどしか祖母と会っていません。
そんなわけですから、孫の私も実祖母の彼女に会ったのは、
死に顔が2度目でした。
でも、祖母が出て行ったのは、古い体質の祖父に原因があり、
祖母が悪いわけではありません。
その後、祖母は再婚をせず、ずっと母を思い、女一人で
誰にも迷惑をかけずに生き、たった一人で逝きました。
祖母を追い出した私の継祖母(大人になるまで本当のおばあ様だと思っていた!!)は、もとは家の使用人で、大祖父と大祖母が亡くなったとたん、
それはそれは必死に祖父の世話をし、とりいったそう(ご近所さん談)。
正直、祖父はなんでそんな女と・・・、と情けなくなくなりましたが、
当時、芸者の身請けなどもしており、
今の暮らしも一端は祖父のおかげと思うと、
あまり現在の常識で語れるひとでもなさそう、と責められない。
私は子供心に、自分のおばあ様はどうも品位に欠ける、と思っていたので、
大人になって自分のルーツが彼女にないと知ったとき、
むしろ安心したくらい。
そんな継祖母の立派な戒名、葬式、並ぶ花に比べたら。
たった一人で逝った私の実祖母は、白黒の遺影すらない。
老人ホームでとりためたカラープリントの写真が少し。
参列者は、親族は私と、最初は参列にすら戸惑った母のみ。
(母は、継祖母にいじめぬかれ、子供のころはずっと失語症を患い、
どうしても自分をおいていった実祖母にわだかまりがあるのです)
でも、老人ホームのお友達がたくさんお祈りしてくれたね。
そして、亡くなったその顔を拝んだら、どうでしょう。
母に似ている。
年の割には黒く多い髪、おでこ、くちもと。
あぁ、このひとは紛れもない私の祖母だと。
悲しいけれど、はじめて実感し、涙が止まりませんでした。
出棺後、火葬場で、お骨を母と二人で大切に骨壺に入れ、
お寺までの道中ずっと抱きしめていました。
ほかに、たくさんの親族に見送られた方のお葬式もあったけれど、
たった3人の私たち。
でも、これが、不思議と、ちっとも惨めに感じませんでした。
長い確執から解放された母と、私と、
本当に思いを分かつ人だけに見送られた実祖母。
はじめて、家族の時間を過ごしたの。
事情が複雑で、元の家にも、私の家のお墓にも入れない実祖母。
眠るお墓は、老人ホームの共同墓地になります。
でも、きちんと分骨なの。お墓の日当たりもいいよ。
葬式代や永代供養料は、母が家族に内緒で祖母に仕送りしていた
お金で賄われたそうです。
(実祖母を思い出すと、子供のころのつらい気持ちがよみがえり、
感情がないといっていたけど、ママ、長い間仕送りしてたんだね。)
お寺のお坊様は、とても丁寧に祖母に読経してくださいました。
老人ホームの施設長さんから、おそらくそう遠くない日に身寄りのない方が
一人いらっしゃるから、お金もそんなにないけれど、簡単にでいいので、
お経をあげてくださいといわれたそう。
お坊様は、
「一人で来られるならば、なおしっかりとお経をあげなければいけない」
と思ったそうです。
ありがたいことです。
今は亡き祖父と継祖母の眠る寺は、格の高いお寺といわれていた。
でも大切なのは、そんなことじゃない。
実祖母の戒名も、継祖母のような位の高い名前はつかない。
けれど、そんなことは本当にどうでもいいと知った。
春室桃明信女。
春に生まれ、名前に桃を抱き、明るい人柄で、春に逝った祖母。
孫らしいことをしてあげられなくて、ごめんね。ごめんなさい。
おばあちゃん、ありがとう。