話題のこの映画、先日、観てきました。

前日に映画の参考文献なるものがテレビドラマ化されていて、それを観ていました。

参考文献のご家族が、「こんな生易しいものじゃない」とお怒り?という報道もありましたが、

映画をみると、モチーフとしては重なる部分が多いものの、
是枝さんのメッセージが色濃く、別のストーリーとして認識しました。

ただ、確かに、映画が終わった後の時間、
実の父ではない、子供でないと知ってから共に暮らすという苦悩が、一番難しい問題、
という指摘は正しい気がしたな。。





閑話休題。(ねだばれあり)

感想としては、最初よくわからずドクロ


旦那に確認したら、元サヤ(交換をやめ、育ての子をひきとること)になったと。

でも私はよくそのくだりがわからなくてガーン

育ての子が知らぬ間に残していたカメラのフィルム、
引き取った実の子の流れ星への願い。

そのことを知り、福山が気持ちとして、二人の子の父になったと、それを育ての子に伝えて映画は終わったと思ってました。

なんつー読解力のなさ叫び



さて、福山夫妻がこれから向かえる試練。

それは、育ての子が自分の越えてきたハードルを越えられなかったとき、それを素直に赦せるか、にあると感じました。

どんな場面も、血を分けたという事実は究極のエクスキューズだなと。
結局、自分の中から出たことだから許せる。

(でも実際の世の中には、自分以上の努力や才能を子供に求める親が多いでしょ。

それを進化の過程と呼ぶかたんなる身の程知らずと呼ぶか、後者が大半よね得意げ)


血を分けていない謂わば養子が、ましてや電気屋や自分とは異質な血の子とわかっていたら、
どうかなと。


私なら、無理かもガーン
そんな度量大きくないしあせる

どこかで冷めた目でみてしまうかも。


などといいながら。

育てた子にも、遺伝ってあると思う。

生物学的な、ではなく、ともに共有した時間や経験、見せてきた親の生き様を通じた、魂の遺伝のようなもの。

もしそうした繋がりの強さを信じられるなら、映画の後の福山一家にも、幸せがある気がします。


しかし、尾野真千子は福山の妻には絵的に足りないな~。演技はうまかったけど。。

竜馬伝と同じになるけど、福山&真木カップルの方がしっくりきたかもカールおじさん