本題に入る前に記したいことがあります。9/16に原作聲の形の公式ファンブックが発売されました。これはとんでもない一冊です・・・。ファンなら絶対に買うべきです・・・。そこに原作者の解説が詳しく書いてあるので(大今先生の解説はもちろん有り難いのですが、インタビュアーの質問が的を射ているのが素晴らしい)、いまさら私が語ることに意味があるのかなんて思いましたが、開き直って私のナルシズムを晒したいと思います(笑) 原作には無い映画のみのシーンなどを解説できればということで宜しくお願いします。

 

映画聲の形は、心を閉ざした将也が、心を開いてみんなのこえをちゃんと見る、ちゃんと聞けるようになるまでを描いた物語です。一回目に観たときは原作との差異に戸惑いましたが、パンフレットに載っていた将也役の入野さんの「原作コミックス7巻分のさまざまな要素を削ぎ落として『伝えたいのに、伝わらない。欲しいのに得られない』というシンプルなメッセージを、将也の目線から作り上げました。」という言葉で映画聲の形のことを理解できました。映画序盤で両手で耳を塞いだ将也が、ラストでそれを開くシーンが印象的ですね。

 

さて、シーンごとの解説をしたいと思います。

 

【耳の聞こえにくい硝子の視覚以外の情報】

硝子は振動を察知して他の存在を認識します。具体的に挙げると、小学校時代に植野が叩くジャングルジムを掴んでいる、手話サークルの会場にて将也と再会する時に手すりを触っている、花火大会で目を瞑る、橋で涙を流している時に橋の壁を触る場面があります。

 

【鯉】

将也がマンションから川に転落する際、将也は神様に願い、汗を垂らした先には鯉がいます。硝子が橋で涙を落とす先にも鯉がいて、そして将也は目を覚まします。また、ふたりは普段から鯉にパンを供えています。だからあの世界の鯉は願いを叶えてくれる神様のような存在なんじゃないかなーと思っていたら、鯉の件はファンブックに大今先生の詳しい解説が載っていたのでそちらを参照してください(笑)

 

【石田母の謝罪の受け取り方】

病院内で結絃と西宮母が石田母に謝罪した際、石田母はふたりに頭を上げるように言いましたが、硝子が謝罪した際はそれを受け止めるように立ち尽くしていました。原作第7巻第54話で将也から硝子へ「泣いて済むなら・・・泣いてほしい」という台詞がありますが、石田母もそのような気持ちだったのでしょうか。

 

長くなるのでこのあたりで一旦区切ります。

 

そういえば以前のブログで映画の感想を保留にしていましたが、今では自信を持って面白かった、最高だったと言えます。みんなや将也におめでとうと伝えたいです。