久しぶりのブログ更新です。
思うこと有り、色々変化を促す「息吹の笛」について私の思い出を書きたいと思います。
先月、本当に数年ぶりに雲龍さんにお目にかかることが出来ました。
雲龍さんとの直接の出会いはメッセージのやり取りをたどってみると2017年だったように思います。
コーチングスクールを2015年7月に卒業して、一時住まいを単独東京に移していた私は、2015年8月に滋賀へと戻ってきました。アドラー心理学をベースにしたコーチングで、自分軸という考え方を知り、こんな素晴らしいものを関西でも広めていきたいと思っていました。また、東京では身体を整えるアロマ音叉療法やメディカルレイキも学び、心理へのアプローチは身体を整える事の重要性も感じてトータル的なセラピーを目指し、ホツマツタヱとの出会いもありましたから、ホツマの縄文哲学の面白さも感じていました。
とにかく、希望に燃えて滋賀へ帰ってきたのです。
ところが、自宅へ帰ってくると、なんだか自分の役割というものに縛られ、
知らない土地ですから寂しさはあるものの東京で感じた何者にでもなれるような感覚がどんどん薄れて家庭の中の私という枠に収まっていく自分でした。
とはいえ、何かしらを求めてモガイテいたように記憶します。
ですから、京都へまた単独で暮しはじめた時に、力になってくださった女性がいます。
その方から、「息吹の笛」という人生に変化をもたらす笛があると聞いて、どうしても・どうしてもその笛を手にしたいと思ったのです。
そして、上京区のお寺でお話会があり、素晴らしいお話で感動し、様々な笛の響きを聞かせていただいた時に
なんともいえない気持ちになりました。
響きって不思議です。
ふと、どこかでこの響きを聞いたことがあると思いだしたです。
実はその前に、椿大神社で開催された「地球への祈り」という催しがあり、
主催者のNさんの紹介で参加させていただいた時に、とても素敵な心に響く笛を演奏された方があり、あの方は誰だろう?と心に残っていたのです。
そうです。
あの時の奏者が雲龍さんだったのです(⋈◍>◡<◍)。✧♡
話は戻ります。
京都でのお話会の翌日、比叡山から坂本の日吉大社の旅があり、
私は、今となっては何故か?わかりませんが、
滋賀の坂本の日吉大社から参加させてくださいとお願いして途中参加になったのです。
そして奥宮で米型の白い息吹の笛を手にすることになります。
この笛は、土を丸めて雲龍さんがつくられたものです。
裏側が焼いた時の下になっていたので、
なんだかピンクっぽい米のような人の顔のような形があり、
私にはこの笛が合っていると思い譲り受けました。
いや~吹けなかったですね。
息がスース―通るばかりで音がならない。
焦りましたね(笑)
周りはドンドン吹かれているのに、自分はできない。
見せつけられた。
上手くやらなくちゃ、出来ない自分は恥ずかしい。
力任せという表現でいいのかわかりませんが、
とにかく吹くぞ、吹くぞと自分と人とを比較して出来ない自分と争っていた。
そんなとき、雲龍さんがおっしゃったのは、
「肩の力を抜いて、リラックスすること。
自分が整えば自然と吹けるようになる。
この空気だけだスース―通るのは最初だけなので、それを楽しんでください」と♡
ようやくカロウジテ音が出るようになったのは4ケ月後くらいだったように思います。
つづく・・・・