29才で結婚した。
妊娠は、避妊さえしなければ、すぐにするものだと何も疑っていなかった。
半年が経ち、あれ?何で妊娠しないの?と不安に感じ、産婦人科に行った。そこから私の妊活がスタートした。
基礎体温を計り、排卵誘発剤を打ち、卵管造影の検査も受けた。←超痛かった(-_-;)
それでも授からない。
毎月の病院通いも2年が経過したある日、いつものように排卵誘発剤を打つために病院へ。内診後、先生が注射はしばらくお休みにしようと言った。卵巣が肥大したのか、水がたまったのか、よくわからないが影が写ったそうだ。
それを聞いて、「あーもうやめよう。」そう思った。妊娠への希望はまだ捨てはしなかったが、自分の身体をおかしくしてまで不妊治療はしたくないと思った。後は自然にまかせることにした。
そして、やはりそう甘くはない。中々妊娠しないのである。40才を迎えて、やっと諦めがついた。夫婦二人の生活も悪くない。自然にそう思えた。そのように思えるまでには、何度も涙を流したものだ。

さて、ここからが本題。

悲しくなり涙することは何度もあったが、1度だけ悔しくて泣いた。
今から思い返してもはらわたが煮えくりかえったあの時の感情は、生々しく覚えている。

遠い親戚のA子。
具体的には、姉の旦那のお兄さんのお嫁さん。
普段交流があるわけではないが、集まりで顔をあわすと、お互い年齢も近く、そしてお互い子供ができない仲だったので「なかなかうまくいかないもんだね」と話をしていた。
そんなA子がとうとう妊娠し、無事出産した。
私の親からはお祝いをあげたらしいが、私からは特に何もしなかった。
そんなA子が、私の里帰りのタイミングで、私の実家に泊まりに来ると言う。

「はあ?」

すでに私の親はA子の赤ちゃんとは対面済み。
だから今回泊まりにくるのは私に会わせたいだけのため。

「はあ?」

何の為に、わざわざ?
しかも車で1時間の距離を何故に泊まりがけで?
私、あなたの出産に関してはノーリアクションだったでしょ?赤ちゃん見たいと思えばこちらから出向くし。てか、普段付き合いのない貴女の赤ちゃん、ぶっちゃけ見たいとも思わないし。
不妊で悩んでいることだって知っていたはずなのに何故?
見せびらかしたいの?勝ったとでも言いたいの?

怒りと悔しさと悲しみと、色々な感情が入り交じり、きつくてつらい1泊2日のA子の滞在だった。
あれからもA子とは時々顔をあわすことがあった。大人だから表面上はにこやかに会話もするが、本心は



あなたなんか大嫌い!!




さて、その後の私。
43才の時、生理が来なくなり、体調も悪く子宮癌を疑った。産婦人科を受診。

検査の結果、


なんと妊娠していた。


その場で嬉しさと驚きのあまり泣き崩れる私。
そんなこんなで44才という超高齢出産にて娘を授かった。
万が一があってはいけないので出産は帝王切開。
母子手帳には手術理由が書かれていた。


「貴重児の為」




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妊娠中、私は羊水検査を受けている。
次回はその事について書こうかな。