ヘッドショット一発

また殺された



なんにも楽しくない



クラスで流行ってるから始めたこのゲームも

新連載の漫画も

部活も学校も





念願だった志望校に合格して

憧れていた高校生活が始まり早3ヶ月



3ヶ月も経てば大体のことはわかってくる


虐められずにやっていけそうなこと

クラスの女子にときめかないこと

プロ野球選手にはなれそうもないこと



たぶん俺は

このまま勉強して大学に行って就職して何事もなく死ぬ



別にそれが悪いわけじゃない



ただ

悲しいような

悔しいような



「現実は残酷」ってほど悲惨なことは起こらない

代わりに真綿で首を絞めるようにジワジワと俺の希望を殺していく



「漫画みたいな青春なんて所詮フィクションだ」




そんなことを呟いてゲームのコントローラーをベッドへ放り投げる


日付が変わって深夜1時30分

毎週土曜のこの時間になると愛猫のベルナルドは決まって外へ出掛ける

彼女とデートでもしてるのか
心配する家族を他所に
次の日の朝には何事もなかったかのように部屋で眠っている

深夜に愛猫がどこへ行ってるのか
一握りの好奇心と夏の夜風に誘われて
ベルナルドの後を追い外へ飛び出した






月明かりと僅かな街灯に照らされて
ベルナルドは一切の迷いもなく闇の中を進んでいく
灰色の毛並みが時折鈍く光る
その姿はまるで流星のように美しくて
願い事を叶えてくれそうな気さえする



こんな時間に外出するのは初めてだ
ベルナルドを見失わないように走ってついていく
背徳感、高揚感
頬を撫でるぬるい風
早くなる心臓の鼓動が心地良い

誰もいない、音の消えた住宅街は知らない町みたいで
月面探索しているような気分だ



そのまましばらくして
ベルナルドは振り返ることなく近所の公園へと入っていった
小学生の頃よく遊んだ公園だ
中央に飛行機型の遊具がある大きな公園


錆びた鉄棒、砂場を通り過ぎ
公園の端っこにある茂みの中へベルナルドは進んでいった

この先は裏山へと繋がっていて
昼間は問題ないが、夜に一人で行くのはかなり勇気がいる

でもここまで来たら引き返せない
少し躊躇した後、続いて茂みの中へと入っていった





街灯も無い茂みの中は予想以上に心細い
化け物でも出てきそうな雰囲気が充満している
正直めちゃくちゃ怖い

もうベルナルドを連れて早く帰ろう

「ベル!ベルナルド!帰るよー」


呼びかけ虚しく
俺の声は闇の中に吸い込まれていく

放っておいても明日の朝には戻ってくるだろう
そう思って帰ろうとした瞬間
ふと声が聞こえた


「おいで」

女性の、静かな
透き通る白い声が茂みの奥から聞こえてきた


こんな時間にこんな場所で女の人の声がする
どう考えてもヤバい状況だけど
不思議と恐怖は感じなかった


その声に導かれるように俺は茂みの奥へと入っていく
すると、少し開けた場所へ出た





子供の秘密基地の跡なのか
茂みの中にダンスフロアのような小さなサークルができていた

その中心で1人の女性が座って猫を撫でている
数えてみると猫は合計6匹いる

黒くて長い髪
ジーパンに白いタンクトップ
おそらく幽霊ではないと思う
こんなラフな幽霊見たことない


俺より少し年上のスラっとした背の高い女性
木々の隙間から差し込む月明かりに照らされて
猫に囲まれるその姿はまるで妖精だった


見惚れていたのはほんの数秒だったと思うが
とても長く感じられた
まるで時間が止まったように


すると右側の茂みから我が愛猫のベルナルドが現れ女性の元へと駆け寄っていく

「ベルナルド!」

思わず名前を呼んでしまった
女性がゆっくりと立ち上がり、俺のことをじっと見つめる


「この子、キミの家族?」

先程と同様
陶器のような白く透き通った声に若干気圧されてしまう

「はい、そうです」

なぜか急に恥ずかしくなり、相手の目を見れない

「ごめんね
 ここで一緒に遊んでたんだ」

なんて返事をすればいいかわからない

「キミ名前は?」

それならわかる

「慎也です」

「慎也くん、この子の名前はベルナルド?」

声も出せず頷くことしかできない


「またこの子と一緒に遊んでもいいかな?」


いいのかどうか
この人は一体誰なのか
何歳なのか

そんなことをグルグル考えていたら
自分でも思いがけない言葉が出てきた

「はい
 でも、心配だから俺もついて来ていいですか?」

(何言ってんだよ
 頭おかしいだろ
 拒否されたらどうすんだよ)

すぐに反省会が始まった


だけどこの人は優しく微笑んで言ってくれた

「うん、いいよ」


この時初めて目を合わせることができた

月光に照らされた
吸い込まれそうな黒い瞳




ヘッドショット一発
ときめきに頭を撃ち抜かれた


漫画みたいな青春になるかどうかはわからないけど
これから毎週土曜の深夜は楽しくなりそうだ