新・海南島物語(1)
(1) 海南島という名前を聞いたことがありますか。海南島は本当にある島です。小さな島じゃないんですよ。中国政府は「中国に属する島の中で二番目に大きい」と言っています。一番大きな島はどこかと言うと、彼らに言わせれば「台湾」という返事が返って来ます。海南島の大きさは台湾ぐらい。香港から飛行機で西へ一時間ぐらいのところにあります。ベトナムのハイフォンの東、つまり、かなり暑い地域だということです。 海南島は山ばかりの島です。でも中国人は「東洋のハワイ」と自慢しています。暖かいですからね。中国の東北部に住む人たちにとっては夢みたいな島でしょうね。一年を通してスイカやバナナが採れます。その他、マンゴーやパパイヤ、レイシやマンゴスチンなどの珍しい果物も採れます。でも夏は暑いですよ。それにものすごい夕立や大雨、台風が来ます。 海南島は海南省という一つの省になっています。中国には四川省とか湖南省とかたくさんの省がありますよね。海南省は元々広東省に属していたのですが、一つの省として認められました。広東省では主に広東語という言葉が使われていますが、海南署では海南語という少数民族の言葉が使われていました。しかし海南省が経済特区に指定され、建築ラッシュが始まって中国各地から労働者がやってくると、いまでは中国政府が指定した標準語が普通に使われています。 木下博昌は日本から派遣された合弁企業の駐在員です。合弁企業とは中国の企業が土地や労働者を提供し、日本の企業が資金と技術を提供して作った会社のことです。もっとも彼の場合、「この合弁事業をうまく終了させて来い」と言われてやって来ました。彼が住んでいるのは海南省の省都である海口市の「金海岸」という名前のホテルです。町に住みたいのですが、町は安全ではありません。泥棒や強盗もいるし詐欺師もいます。いろいろな事件に巻き込まれないように、日本の本社は警備がしっかりしたホテルに長期滞在するように指示しています。 木下は毎朝ホテルの一階のレストランで食事します。ホテルの客はほとんど中国人ですから、ホテルが用意している朝食はお粥とか揚げパンとか肉マンなどです。毎日こんな朝食は厭なので、彼は外国人用に準備されている洋食モーニングを注文します。コーヒーとトースト、ゆで卵にサラダです。 このレストランには片言の日本語を話す若いボーイがいます。 「木下さん、おはようございます」「おはよう」 「今日もいい天気ですね」 劉強智という湖南省出身の男性が話す日本語はこれだけです。いつもニコニコしていて愛想がよく、何とか木下と仲良くなろうという態度で溢れています。顔はまん丸でにきびだらけ、眉は濃くて眉毛が逆立っています。非常に特徴があって愛嬌があります。 「今日、チーズあります」 「オレ、そんなもの頼んでないよ」ここから劉くんの会話は中国語です。「大丈夫、大丈夫」 「大丈夫じゃないよ。持って来ちゃまずいだろ」 「大丈夫。コックは友達だから」 劉くんは他のお客のところには行きません。木下が食べるのを遠くからニコニコしながら眺めています。木下は居心地が悪くなって早々に部屋に引き上げ、準備をしてから合弁企業の事務所まで歩きます。前は合弁会社がオンボロの日本車を迎えに寄越していたのですが、少しは運動しなくては思い、毎日30分ぐらいの距離を歩くことにしたのです。 木下博昌は東京の中小企業の貿易課長です。貿易課と言ってもあちこちの企業と取引するわけではありません。海外にある自社の工場に原材料を輸出するだけの課です。船積み手続きをしたり、工場の機械を輸出、設置したりします。若い社員に実務を教え、課に自分が必要でなくなった時、会社はいまくいかなくなった合弁企業を整理するために、木下を現場に放り出しました。 現場の工場は動いていません。機械は止まったままです。日本人の工場長は毎日現場に出勤していますが、いつでも工場を再開できるよう機械の点検や整備をしています。しかし毎日そんな作業ばかりやっていてはやることがなくなってしまいます。工場長は事務所の周りを掃除したり時間を潰して午後は家に帰ってしまいます。会社が禁止しているにもかかわらず、彼は町中にアパートを借りているのです。木下が注意しても、彼は「大丈夫ですよ」と言って取り合いません。 しかし海南省は本当に危険なのです。毎日町中でタイヤがパンクしたような音が聞こえます。実は拳銃の発射音なのです。拳銃は小型のものが町中に出回っています。木下が海口に赴任すると、その日のうちに中国側の担当者が「拳銃は要るか」と尋ねてきました。工場長が「持ってないほうがいいですよ」と言ったので「要らない」と答えたのですが、持たないほうがいい理由は「撃ち合いになったらどちらかが怪我をします。金を出せと言われたら出したほうが安全ですよ」と工場長が言ったからです。