先週の報道によると、抗生物質がまったく効かない大腸菌がアメリカの患者さんでみつかりました。下記はロイターの記事から。当方で抜粋。
あらゆる抗生物質が効かない「スーパー耐性菌」、米国で初の感染例[26日 ロイター]
> 米疾病管理予防センターは26日、知られている抗生物質すべてに耐性を示す細菌への国内初の感染症例を報告し、この「スーパー耐性菌」が広がれば、深刻な危険をもたらしかねないと重大な懸念を示した。(中略)
> トーマス・フリーデン所長によると、ペンシルバニア州に住む49歳の女性がかかった尿路感染症は、「悪夢のような細菌」に最終的に投与される抗生物質コリスチンでも制御できなかった。
> このスーパー耐性菌は、プラスミドと呼ばれるDNAの小片を媒介して、コリスチンへの耐性を示す「MCR-1」遺伝子が取り込まれたという。(以下略)
このMCR-1遺伝子をもつ菌は、昨年11月に、中国で世界で初めて人間からもみつかりました[注1]。
MCR-1はプラスミドというDNA断片に存在する遺伝子です。細菌のあいだでお手紙のようにこの遺伝子がわたされ、拡がります。大雑把ないいかたをすると、この手紙をもらった大腸菌は抗生物質が効かない細菌に変身するわけです。
細菌(緑)間でのプラスミド(青丸)の拡散のしくみ。もともと持っている細菌のDNA(赤いひも状のもの)と別の遺伝情報をもったDNAが細菌間で伝わる。MCR-1もプラスミドに存在する。図はWikimediaから引用。
いままでも薬の効かない大腸菌はみつかってきました。しかしコリスチンという薬が効くので抗生剤によってやっつけることは可能でした(ただし、人体中ではコリスチンが効かないこともあるので、理論上の話)。
上記の菌はコリスチンも効かない大腸菌で、人間から見つかったというのがポイントです。家畜が持つ細菌にMCR-1が存在することは、日本を含み世界ですでに確認されています。
注意すべきは、別にこの菌が大流行しているわけでも、これで死んでいる人が多数いるわけでもないこと。この菌の性質はまだよくわかっていないのです。だから過剰な心配は不要です。「悪夢のような」とかいう形容は言い過ぎです。
むしろこういった菌を増やさないためにも、動物や人への無用な抗生物質使用を制限すべきです。
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さて、コリスチンは日本人が発見した抗生物質です。1950年に小山康夫先生らが福島県掛田町の土壌中の細菌が作り出す物質として発見しました。腎臓や神経に対する副作用があり、またほかにもたくさん抗生物質があるため、日本では使用されなくなっていました。[注2]
しかしコリスチンは一部の細菌に大変有効であると再評価され、現在は日本でも抗生剤が効きにくい菌(多剤耐性菌)の感染症を治療するために使われています。
コリスチン注射薬。2015年からまた日本でも使われている。商品名オルドレブ。こちらのサイトから引用。
コリスチンは安価に製造でき、中国などでは家畜に使う抗生物質として大量に使われています。これはこれで、上で書いたように問題が大きい。
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先週、中国(広州)から発表された論文では[注3]、3名の患者さんからMCR-1を持つ大腸菌がみつかりました。そのうちの1名は50歳男性でペットショップの店員でした。
この研究の面白いところは、その患者さんのペットショップの犬、猫53匹の排泄物を調べた点です(よくやったなぁ!)。その結果6匹でMCR-1を持つ菌がみつかり、そのうち4つ(すべて犬由来)では、患者さんと同じと思われるMCR-1の遺伝子タイプでした。
この研究では犬から人にMRC-1を持つ菌が移動したのか、その逆かはわかっていません。でもやっぱり犬から人間にいったのかなぁ…。
写真はペデイグリー社のHPから。犬はなぜ飼い主の顔をなめるかについて書いている。
このMCR-1を持つ菌は、感染したら直ちに危険というものではありません。しかしうつされないのにこしたことはないので、ペットの排泄物の処理には注意したいものです。
また犬猫は排泄物をなめることがあるので、ペット自体の衛生や人間との接触にも注意したいものですね。
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[注1]Liu YY, et al. Lancet Infect Dis. 2016 Feb;16(2):161-8. Epub 2015 Nov 19。英文。
[注2]内服薬と注射薬があります。使い方も副作用も違います。多剤耐性菌には基本的に注射薬が使われます。この記事ではそれらの違いなどについて詳しくはとりあげません。
[注3]Zhang X-F, et al. Possible transmission of mcr-1–harboring Escherichia coli between companion animals and human. Emerg Infect Dis. 2016 Sep, [Epub ahead 2016 Apr 21]。英文。中国からの論文であるが、1名日本人と思われる研究者の名前も含まれている。