狂犬病ワクチンを理解するキーワードは2個×2個です。
・ まず2個は、曝露前ワクチンと曝露後ワクチン。
・ あと2個は、日本製ワクチンと外国製ワクチン。
曝露前ワクチンとは、動物にかまれる前にすでに免疫力をつけておくワクチン接種のことで、曝露後ワクチンとは危険性のある動物にかまれた後に発病予防として打つワクチンです。流通しているどのワクチンでも、曝露前と曝露後の両方に使用可能です。ただし打つ回数とスケジュールが違います。
以下では動物に打つワクチンのことでなく、人間に打つワクチンについてのみ書いてあります。
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<曝露後ワクチンの意味>
狂犬病はかまれる≠感染する≠発症するです。かんだ動物が狂犬病ウイルスを持っているかはわからないことも多々ありますから、かまれたからといって発病するとは限りません。しかし発症するとほぼ100%死亡する病気ですから、危険地域においては、かまれたら発病の可能性ありと仮定して急いで(できれば24時間以内に)発病予防のワクチンを打ちます。これが曝露後ワクチンです。これがきちんとできていると発病は限りなく0になります。
危険地域においては、
動物にかまれた後の曝露後ワクチンをしないという選択肢はありません。
なお、傷の状況によっては免疫グロブリンを曝露後ワクチンと併用しますが、免疫グロブリンは手に入らないことも多いです(日本では製造していないので原則として在庫がない)。また抗ウイルス薬は現在まだできていません。したがってワクチンでの発症予防が最重要です。
<曝露後ワクチンのスケジュール>
日本製ワクチン→0、3、7、14、30、90日目の計6回接種で皮下注射する。1回に1.0ml。
外国製ワクチン→0、3、7、14、28日目の計5回接種(これ以外にも方法あり。計4回実施し28日目はしないことが多い)で筋肉内注射する。製剤により1回に0.5または1.0ml。
すでに曝露前ワクチンを受けている場合、回数を減らす(0、3日目の2回だけとか)。0日目とは曝露後ワクチン初回接種日のことで、かまれたその日でない。実際のスケジュールは受診した医療機関の指示に従ってください。
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<曝露前ワクチンの意味>
かまれる前にわざわざワクチンを打つことは「免疫力をあらかじめ高めておく」ということです。曝露前ワクチンのみでは発症は完全に防ぐことはできませんので、かまれたら曝露後ワクチン実施が必須です。
曝露前ワクチンは無駄ではなく、実施には下記の意味があります。
① 曝露後ワクチン実施がすぐできない場所で受傷しても(田舎滞在など)、その実施開始までの時間稼ぎ(都市への移動時間など)ができる。
② しらない間の感染を多少予防する(まれながら、感染した動物の血液や唾液が人間の傷口について感染することがある)。
③ 曝露後ワクチンを打つ回数を減らせる(例:上記のように2回にできる)。
④ ワクチンに加えて免疫グロブリンを打つ必要性が減る(多くの場合で不要になる)。
<曝露前ワクチン接種をするかどうか>
上記を踏まえて、感染の危険がある地域に滞在する場合(日本やニュージーランドなど以外のほぼ世界すべての地域ですが)、曝露前ワクチンを受けるかの判断基準例は下記になります。以下は私見が入っているので、ひとによって異論はあると思います。
A.曝露前ワクチンを積極的に受けたほうがいい場合
A-1 感染危険地域に長期間滞在する場合
A-2 動物に接する職業につく場合
A-3 曝露後ワクチンが手に入りにくい地域に、期間にかかわらず滞在する場合(ワクチンの品質が信用できない場合と免疫グロブリンが手に入らない場合を含む)
A-4 洞窟探検、頻繁なキャンプなど、普通の人がしない行動をとる場合
B.曝露前ワクチンを、まあ、受けてもいいかもしれない場合
B-1 子供(子供は勝手に動物に接触してかまれる、逃げ遅れてかまれる、かまれてもそれを親に言わない場合もあるため。感染の危険性がある動物にかまれているのは45%が子供という統計もある)
B-2 少しでも病気のリスクを小さくしたい気持ちが強い場合
C.曝露前ワクチンを受けなくていい場合
C-1 動物と接触する可能性がほぼない場合(大都市への短期旅行など)
C-2 期間にかかわらず、十分な医療レベルが得られる地域に滞在する場合
中国はインドに次ぐ狂犬病危険地域です。しかし、大人が上海のような都会に滞在する場合は、C-2ですのでワクチンは不要でしょう。子供が上海に滞在する場合はB-1で、ワクチンをしたほうがいいかもしれません。田舎に旅行する可能性があればなおさらです。この辺は親御さんのリスク管理の判断が問われます。一方、大人が中国の田舎に長期間滞在する場合はA-1またはA-3と考えることもできるので、曝露前ワクチンは受けたほうがいいでしょう。病気に対して”心配性”のひとはB-2です。
グレーゾーンが必ずあるので、白黒は必ずしも容易につけられません。迷ったときは、受けたほうが気分的にはいいと思います。なにしろ外国生活では狂犬病以外のリスクも増えるのですから。
写真は中国黒龍江省でみつかった偽の狂犬病ワクチン。こういうものにひっかからないようにしたいが、地方ほど真偽の見分けは難しい。こちらのニュースから引用。
なお、しつこいようですが、感染の可能性がある受傷時には、どのような場合でも(曝露前ワクチンを受けていても)曝露後ワクチンを受けることが原則です。
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<日本製と外国製ワクチン>
日本製の曝露前ワクチンを実施するスケジュールは1日目、28日目、6~12か月目の3回で、1回にワクチンを1.0ml皮下注射します。
これでは終わるまで最短で6か月かかるので、赴任や旅行に間に合わないこともあります。ただし最低でも2回目まで実施すると、ある程度抗体はできます。日本のこのスケジュールは世界中でも特別です。まったく、日本のワクチンはガラパゴス化している。
日本製ワクチンの写真。左がワクチン乾燥粉末で右が溶解液。2016年2月現在、日本ではこれ1種類しか作られていない。写真はこちらから(会員限定サイト)。
一方、外国製での曝露前ワクチンは1日目、7日目、28日目の3回、0.5ないし1.0mlを筋肉内注射します。28日で実施完了なのでこちらの方が現実的です。日本国内でも取り扱っている病院(輸入している)は増えています。ただし日本国内での値段は外国製の方が高い。
また、近い将来日本でも外国製ワクチンRabipurと同等のものが流通する予定です(6年前に発表されたが、今どうなっているか不明)。
海外で使われているRabipurの写真(一例です)。こちらから引用。
個人的には、日本製ワクチンで曝露前ワクチンを実施する意味はあまりないと思います。(つづく、次回が最終回)
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