狂犬病ウイルスには、2つの大事な特徴があります。これは病気を防ぐ上で知っておいたほうがいいことでもあります。

 

1つ目は、ウイルスの生存力(安定性)が弱く、生体の外では簡単に死滅すること。

2つ目は、生物の中で基本的に神経組織内で増えることです。

 

こちらは狂犬病ウイルスの電子顕微鏡写真。なんと弾丸の形をしています。

写真は大分大学医学部微生物学講座のHPから引用。

 

 

狂犬病ウイルス(rabies virus;ラテン語の暴れるrabereという言葉から)はラブドウイルス科(family Rhabdoviridae;ラブドとは棍棒の意味 )、リッサウイルス属(genus Lyssavirus;リッサはギリシャ神話で犬を狂暴にさせる神様。そんな神様はいやだな。 )に分類されます。1本鎖RNAウイルスで、大きさはほぼ75×180nm。

 

このウイルスは乾燥や熱に弱く、また石鹸で洗ってもアルコールをかけても死滅しやすい、比較的不安定なウイルスです。一方、唾液の中では乾燥しないでいると数時間は安定しています。

 

したがってこの性質からわかる重要なことは、次の2つです。

 

① 動物にかまれたら、まず傷口を十分に流水と石鹸で洗って、次に医療機関で早期に消毒してもらう。

② 狂犬病患者さんや動物の唾液に接触しない(ただし唾液に限らず、涙や血液など体液全般に触れない)。普通の接触では人から人には感染しにくい。

 

なお、狂犬病の犬や猫にかまれたのではなく、ひっかかれても狂犬病を発症することがありますが、これは動物が自分の爪をなめて爪にウイルスがついているからです。唾液そのものよりウイルスの量が少ないので、感染の危険度はかまれた場合の10分の1ともいわれます。

 

また、まれですが狂犬病を発症した患者さんが他人をかむと、当然唾液から他人を感染させることがあります(文献)。ゾンビは狂犬病患者さんがモデルになったともいわれています。

 

ギリシャ神話の神々。左からゼウス、リッサ、アクテオン(これは人間の猟師)、アルテミス。リッサが犬を暴れさせている。写真はボストン美術館収蔵の紀元前5世紀の壷の側面を撮影したもの。引用はこちらから。

 

 

このウイルスは神経組織を伝わって増えていきます。つまり傷口→末梢の神経→脊椎→脳→唾液腺の順に広がっていきます。この広がるのにかかる時間が潜伏期で、最終的に脊髄炎および脳炎になって死亡します。神経を進む速さは1日数cmの速度です。潜伏期は普通1~数か月で、年単位のこともあります。

ウイルスは傷口付近の筋肉のアセチルコリン受容体(nAchR)を利用して増殖し、神経の受容体(NCAMが代表)を介して神経内にウイルスが侵入し、小胞にウイルスが包まれ(経路1)あるいはカプシドとなって(経路2)神経軸索を中枢に向かって進んでいく。図はnatureから。

 

不思議なことに狂犬病ウイルスは血液にのって全身に広がることはありません。また血液中にウイルスがほとんどいないため、免疫細胞が反応を起こしにくく、結果的にウイルスに対する抗体を人体が作るのにも時間がかかります。

 

したがってこの性質からわかる重要なことは、次の3つです。

 

① 足のように、脳から遠い場所では発症に時間がかかる。つまり脳に遠いところでかまれたほうが治療(ワクチン接種)の時間が稼げます(かまれるなら足!)。また、かまれた場所(と入ったウイルス量)で潜伏期の長さが変わります。

② かまれてすぐでは血液検査をしても感染の有無がわからない

③ 体の外からワクチンか抗体を注射しないと発病を防ぐことができない。

 

残念ながら、狂犬病ウイルスに対する抗ウイルス薬は開発中でまだ存在しません。予防(かまれる前の予防と、かまれた後の発病予防の2つの意味があります)にはワクチン重要になります。

 

かんだ動物が発病しているか(=唾液中にウイルスがいるか)は通常簡単にはわかりません。したがって、かまれた人も感染したかどうかはすぐにわかりませんが、発症するまで待つのはナンセンスなので、かまれたらすぐにワクチンで発病予防対策をすべきなのです。

 

当然ですが、動物にかまれないようには普段からしましょう。野犬対策としては以下を意識してください。

 

1. 近寄らない、触らない!
2. 目を合わせないようにする(でも、動きがわかるように視界に入れておく。)
3. 犬に背を向けないように、後ずさりでゆっくり遠ざかる。
4. 大声を出したり、突然走り出したりしない。
5. 犬が攻撃してきたら、鞄や服などを犬と自分の間に入れる。
6. 万が一噛まれそうなら頭と首を守る。

これはHarutaroさんのホーチミン生活情報サイトから。

 

子供さんが無意識に子犬などをなでたりするのにも注意をすべきですね。(つづく)

にほんブログ村 海外生活ブログ 上海情報へ
にほんブログ村

 

関連記事もご参照ください。
マジメな狂犬病の話(1)-どのくらい発生しているのか

マジメな狂犬病の話(2)-発症したらどうなるのか

マジメな狂犬病の話(4)-ワクチンの基本的考え方

マジメな狂犬病の話(5)-狂犬病Q&A