集英社のPR誌「青春と読書」で
育児エッセイを連載しています。

今月は、読んだ長男(小4)がノーコメントでしたが、
セックスすると子どもができることをまだ知らないので
難しかったでしょうか?

保健の授業で「陰茎」と「膣」という言葉を教わったらしいので、
聞かれたら教えてあげようと思います。
(聞かないんだよな、これが)

「これから学校では、チ○チ○って言っちゃいけないんだ」
と言うので、

「えー、陰茎のほうがエロくな~い?」

と言ったら、

「エロいとかどうでもいいから!」

と、夫に叱られました。


来月は、編集部都合でお休みです。

夏休みに入った人も
夏休みがほしい人も
一度きりの素敵な夏をお過ごしくださいドキドキ

昔読んだ少女漫画(CIPHER)の影響なんだけど、

脳内で、よく吊るすくせがあった。


崖っぷちに二人の人がぶら下がっている。

あなたはどちらを助けますか?


十年以上、頭の中でぶら下げ続けた人がいて、

助けないけど、この人が落ちたら飛び降りようと

思っていた時期があって、

やがて、助けた人と生きていこうと思うようになり

いつか頭の中で人をぶら下げたりしなくなった。



最近は、自分が泥の中に両足を突っ込んで

それでも高い星空を見上げているような気がするのだけれど

愛する人が、その泥なのか星なのか、

自分はその人の浸かった泥水になりたいのか星空になりたいのか、

イメージだけが浮かんで、よくわからない。



海外に住んでいる友人が、帰ってきてまた外国に行くというので会った。

約一年ぶりだけれど、
昨日も会ってまた明日も会うような。


子どもの頃には、

「将来マンションのとなりの部屋に住んで

子どもたちには○ちゃんママ、まゆちゃんママと呼ばせよう」

などと言っていたのが、お互い乳児連れ。


わたしが一人暮らしをしているときは半同棲。

全然性格も趣味もちがうのに仲がいいので

「意味わかんない」

「あんな人のどこがいいの?」

と言い合うこと、

江古田ちゃんと友人Mのごとく。


『恋する歌音』に書いたようなことは、

主に彼女に説明するために、

学生時代にわたしが考えたことだった。

だから、彼女がいなくなった後、

わたしは説明する必要がなくなった。


・・・・・ほんとは、伝えなくちゃならない人はいたはずだけどね。

(そしてたぶん、今も)


もう何にも質問しない。

ただ、聞くだけ。話すだけ。

そういえば、あんなにしていた悩み相談もしない。


「~なんだよ」

「そうなんだ」


聞かなくても、言いたかったら言うだろうし、

言いたければ、何でも言っていい。


と思ったら。


「ねえ、どうして離婚しなかったの?」

「好きだったから・・・そのときは」

「そのときはって言うなー」


当分会わないらしい。

そのうち会うと思う。


長いつきあいだから驚くこともないと、

思ってるのにまた何かあるでしょうか。

でも、「理解できない」とか「こうすればいいのに」とか

思うことはもうない気がするな。

これは愛?


店を出たら(お座敷だったので)いきなりデカかった。

サングラスもデカい。

君には日本は狭すぎると思ってたよ。


さようなら、同じ船に乗っている人

(宇宙船地球号的な・・・・・・)。


長男(9歳)は、

あんなに妹(11か月)を溺愛しておきながら、

新しい洋服(いちごいちご柄よ?)にまるで気づかない。



次男(6歳)は、妹を可愛がってはいるけれど

「ぼくがご主人様だよ【S】

などと、ささやいている。



よく、“男の子のママ”友達が集まると


男子ってさ~

息子ってさ~


と、あるある話が盛り上がりますが、


例:

男子って、国語できないよね

 人の話聞かないから、問題が何聞いてるかわかんないんだよね

 自分の気持ちを表現するってことができないよね→記述苦手


など


ふと、

それって

大人の男の人もそうだよなあ

と思うことも多々。


産んでないのに、甘やかせないわ。



集英社『青春と読書』6月号にて、

育児エッセイ「家に三人男がいても」連載第六回

掲載中です。


ヨシタケシンスケさんのイラストが、

家族に似ていて

「なんで知ってるんだろ・・・はっ、年賀状か!」

と思っていましたが、今回、わたしの


小学生時代


が、そっくりで驚きました。


一か月早いですね。

また、近いうちに!see you*




「ねえ、○○(妹)ちゃんって、特別にかわいい赤ちゃんだよね・・・

あとは性格だな!」


と、ひとりでうなずいている長男(小4)。

十人並だよ?(かわいいけど)


・・・ていうか

あなたたち、そっくりじゃないの!



しかし、そんな冷静(?)なわたしにも

長男の主張の正しさを認めざるをえないときがある。


彼の言うとおりだ、

長女(9か月)は特別にかわいい。

両手に、いちごイチゴを持っているときに限っては。


いちごといっても、本物ではなくおもちゃ。

厳密には、



出産祝いに天野慶ちゃんがくれた

いちごいちごドレッサーいちごに付属の


おもちゃの化粧品

(フタがいちご)


のいちごを

なぜか両手に持っている。




『恋する歌音』の中で、


この道は春に花降る道となる

パラダイスとは変化するもの


という短歌を、

18歳で作った天野慶さんを


〈人生で大切なものを早くから知っていた〉


と書いたけれど、


彼女は



女児にいちごが似合う



ということまでも知っていた。



中日新聞で「恋する歌音」を連載中、わたしは

第一子の妊娠・出産・子育てをしていた。


妊娠中に会った、天野慶ちゃんは

赤ちゃんにゆっくりと母乳をあげ、

やさしくおむつをとりかえ、お尻を拭いてあげていた。


後に、出産直後の慌ただしさの中で、わたしは

自分もそのうちに、

慶ちゃんのようにゆったりにこにこと

赤ちゃんのお世話をするお母さんになるのだと思っていた。


出産の少し前には、

慶ちゃんから、ご自身の「助産院での出産レポート」が届いた。

どんなふうにお産が始まるか、

慶ちゃんがどんなふうに過ごしたかが書いてあった。

わたしは不安もなく出産にのぞみ、

慶ちゃんがしたと言っていた、階段の昇り降りをえんえんとした。

えんえんと、と書いたけど、

慶ちゃんがそれをした時間を知っていたので、別に長いと思わなかった。


わたしが、夫不在の密室育児で

家事と乳児で寝る暇もなく、しかも

毎週毎週、恋愛がテーマのエッセイを書かなくてはいけないとき、


全然近くじゃない自宅まで、

天野慶ちゃんが、赤子を抱っこひもに入れて電車を乗り継いでやってきた。

「真由美さん、寝てください」

と言うので、

わたしは誰からもそんなこと何か月も言われたことがなかったら

言われるがままに朦朧として二階に行って寝ていたら、

階下から、赤ちゃんの泣き声がして目が覚めた。


泣いているのは、自分の子どもではなかった。

慶ちゃんが、自分の子ではなくわたしの子を抱いているので

慶ちゃんの子どもが泣いているのだった。


「家に閉じこもりっきりで、

恋愛がテーマのネタなんて浮かばない。

好きな短歌や有名な歌はもうほとんどとりあげちゃったし」

みたいなことを話して、

わたしは慶ちゃんが使っているのと同じ抱っこひもを買った。


何日かすると、貴重な歌集や、

短歌雑誌の恋愛特集号のバックナンバーが送られてきた。


「恋する歌音」連載の後半、『恋する言ノ葉』に収録されているあたりは

ほとんど天野慶ちゃんのおかげで書けたものばかりである。


どうしてこんなによくしてくれるのか、

過去に何度か聞いたところ、

何か「お世話になった」というようなことを言ってくれるのだけど

全然心当たりがないのだった。


昨年、わたしは急いでピアノを練習する必要があったが、

東京で自宅にピアノがある友人はあまりいないので、

また、天野慶ちゃん宅へお邪魔した。


四か月くらいの長女を連れて行ったところ、

三人いるはずの天野慶ちゃんのお子さんはおらず、

「真由美さん、ピアノを弾いてください」と言って、

慶ちゃんは、わたしの娘を連れて出て行った。


わたしは

三人も子どものいる人が、自分の子どもを預けて

わたしの子どもを預かってくれている状況に気づいて

赤くなったけれど、

「真由美さん、寝てください」と言われたときと同じに

言われるがままにピアノを練習した。


家では、泣く子をおぶって

借りたキーボードで練習しているのだった。


慶ちゃんはちっとも戻ってこなかった。



わたしは幸運な母親だった。

一人目と二人目の子どもが生まれる数か月前、

三人目の子どもが生まれる数年前に、

天野慶ちゃんが第一・二・三子の母になってくれていたのだから。

話題になってすぐ買ったまま、寝室の書棚にささりっぱなしの

まだ読んでない『二流小説家』が、書店で文庫になっていた。


仕事が終わったら三冊一気読みする予定の

阿川佐和子『正義のセ』が、

読む前にNHK朝の連続テレビ小説になってしまう気がする。


昨日、駅ビルのレストスペースで

「あなたも本が好き?」と話しかけられた初老のマダムと

読んでいた本を見せ合った。


わたしは

江國香織『はだかんぼうたち』(角川書店)

で、

彼女は、村上春樹さんの新刊

(「Last twoだったわ」とのこと)。


別々に暮らしているご主人と、

これから京都旅行に行くそうで

後から思うと、江國香織さんの小説に出てきそうな人だった。

(英語まじりだし)


『はだかんぼうたち』終盤の

主人公、桃と恋人(という定義を桃はしていない)の会話。



「みんな、いつまでこんなことをするのかしら」

「こんなことって、デート? セックス? 男女交際?」

「その全部」


会話は続く。


「考えこんじゃうこととか、突然淋しくなることとか、不安になることとか」

「誰かに会いたいと思ったり、声を聞きたいと思ったり、そう思ったことに驚いたり、行動して後悔したり?」



かつて、わたしも思っていた。


三十歳前後のころに、

年上の女性たち(既婚者も独身者も)が自分よりさらにもっと

愛の問題で苦しんでいるのを見て、ほとんど絶望した。


結婚、出産したら(当時のわたしがということだけど)、もう終わりだと思うでしょ?


たぶん終わりはないのだと思うけれど、

「いつまでこんなことを」と今は思わなくなった。


たぶん、小説の中のヒビキちゃん(桃の親友・四児の母)も思わないのではないか。

なぜ、とか、いつまで、とか、もうどうでもいい。


今、目の前にいるのでなかったら、相手の気持ちすら、どうでもいい。


「せっかく会えたし、せっかく生まれてきたんだから

あなたが喜ぶことをしたいの」

と言ったら、


次男(6歳)が

「ぼく、ママがいてくれるだけでいい」

と言った。


絶対使う。


買った本を読む間もなく、本を買っている。
もちろん、いつか買った本や前に買った本を
読んだり読まなかったりしている。

傷心で駅構内の書店に駆け込む。

「カバーはいりません」

自分が言うのを聞いて、ああまたやってしまったと思う。
カバーをかけたら最後、何の本かわからないほど
本にまみれている。

メールが来たかと思うけれど、
このブログを携帯で書いているのだから、空耳。

右手にケータイ、左手に、
QBGのはちみつシュークリームと焼きそばとバッグと
田辺聖子「やりにくい女房」文春文庫。


ごめん、食べたら仕事します(シャキーンキラキラ)





すばらしい人というのは、接することで

「こういうすばらしい人がいるなが、自分も成長しなければ」

と思わせてくれるのがまたすばらしい。


わたしにとって、その場合の「すばらしい」ポイントは


人のために、自分以外の誰かのために何かをしよう、したい


という気持ちがあって

実際にそうしているところ(なことが多い)。


例えば、

仕事だからでしょ? と言っても、


その仕事のギャラであの支払いをしようとか

仕事で認められると自分がよい気持ちだとか


愛する人や家族に尽くして

それで自分をもっと大事にしてもらいたいとか

それでもって自分が満足したり自慢したいとか


そういう

利己的な気持ちから何かするというのではなくて

自然発生的に

自分にとって特別ではない多くの人のために

何かをしたいという気持ちがある人というのは

すばらしいなと思うのです。


でもね、人のために何かするのが好きな人って

してくれたからといって愛があるわけじゃないなんて

またひねくれた、利己主義的なことを

(ほしいのね、なぜかわからないけど愛がほしいのね、アーサー王のようにまだほしいのね)

考えてるわたしは修行が足りません。



数年前、ベトナムのお土産に派手な布をもらって、


こんなものを首に巻く日は来ないだろう


と思っていたけれど、

「春だから、そのくらいいいんじゃない」と夫に言われて

巻いたら不思議! いい感じ。


そういえば、学生時代に商社勤めのボーイフレンドが

フランス出張土産にスカーフを


「お店のおねーさんに彼女何歳?って聞かれて

 答えたら、出してきたのがすっごく地味でさー」


と、おすすめではなくカラフルな色柄のを買ってきてくれたのですが、

それはかわいらしすぎ

「パリジェンヌのおすすめのがほしかったよ・・・」

と思ったのを思い出しました。


若いときは地味なのが似合う


のです! 


派手すぎる巻物をもらった人は、

似合う日まで寝かしておきましょう……。

子どもが寝た後、あ~何からすればいいのかしら、アレもコレもと

わからなくなって、リストに


1 化粧を落とす


書かなくてもいいことを書いた後に、


顔を洗い、

コットンでふき取り化粧水を使い終わった瞬間、

わたしの頭の中にあったのは、


「塾講師が女子高校生と付き合うのはちょっと!」


だったことについて、

経緯を説明する。

ついてこられるかな?


洗顔用の石けんがなくなった。

注文しておこう

   ↓

長年愛用している、七香せっけん は、

ある男性にいただいて知った

   ↓

いい人なんだよ! 評判悪いけど、

書くものにデリカシーがないのはそのとおりだけど

お会いすると別の魅力が……あ、枡野さんじゃないよ!

   ↓

枡野浩一さんのいいところはたくさんあって、

わたしが挙げるまでもないと思うけれど、

敢えて言うとしたら、


二人で鴨鍋を食べながらバイアグラの話をしていて

(※わたしの小説に出てきたので、こちらが質問したのです)

お店の人(女性)がお鍋の様子を見に来てくれたとき、

話をやめるようなところ


文章の枡野さんと実際の枡野さんは

言っていることは全く同じでほとんど変わらないんだけど、

お会いすると、本や文章よりもっと


はにかんだ感じ


がする

    ↓

『僕は運動おんち』枡野浩一(集英社文庫)の


主人公の男子と女の子が

一緒に飲み物をちゅうちゅう飲むシーンは

よかったなあ

    ↓

西村しのぶのマンガ『SLIP』で、

主人公の男子が友達の女の子と牛乳をシェアするシーンがあって

その子は塾のセンセとつきあってて

テストの裏に

「もう会いません。バハハーイ」

って書いたもんだから、センセから電話かかってきて


「先生結婚するからだよ、受付のおねえちゃんと」

「……けどなっ」


ていう女の子がまあ

高校生なのによくできた、潔い子で


「センセエ、いいわけするな!

あたし、わかっちゃった。

愛してるってこっちが勝手に好きで

それでもいいってことだよ」


(※ここまで記憶でセリフ書いて、一応確認したら、大体あってたわ!)


って電話を切って、

カッコいい女子が惚れるんだから

センセもカッコよく描かれてはいるんですが


……けどなっ!

サオリ、塾の先生が教え子と付き合うのが

まあ好きになっちゃったらしょうがないとしても

並行してつきあう相手が同じ塾の受付ってどうよ。


(ここまで10秒弱)



なんか、すごく忙しい気がするんだけど

顔しか洗ってないわ。


2 石けんを注文する

いい香りで、髪も洗えるよ! オススメ。