被災地から遠く離れて | Road to Fukuoka ~国際レースをめざして…

Road to Fukuoka ~国際レースをめざして…

au Run&Walk x Karada Managerのチャレンジ企画「カラダ改造計画」で2009年フルマラソン初完走!
そして2年─ついに,マラソンライフの集大成,国際マラソンへの挑戦がはじまる…

震災から4日経とうとしているのに未だ被害の全容がわかっていない中、震源から遠く離れたところにまで影響が拡大、それも日増しに酷くなっていると伝えられている。イベントはおろか、ここまで日常の経済活動に影響している現状は、前例がないと感じている。

僕は、小学校3年から6年の真ん中まで、東京の23区内に住んでいて、当時現地の小学校に通っていた。2年の終わりに関西から上京し、その初日にびっくりした経験がある。全員がいすの背もたれにお手製の防災ずきんをかけていたこと。地震の危機につねに向き合っていて、常に準備していることに驚いた。年に数回ある防災訓練の時にはそれをあたまに被り、校庭の中央に避難したものだ。

もちろんふだんの授業でも地震の備えに関することは多かった。教科書にも(小学校の社会科では、低学年に近いほど、自分たちの地域の学習がメインになっていて、地域限定で使われる教科書があった)いろいろ書いてあった。

もちろん当時の東京は1923年の関東大震災の教訓がベースになっていて、その規模の地震が来たときの備えについていろいろ記載してあった。「電車が止まって親が自宅に戻れなくなったときは?」「停電で信号が止まったら?」などなど。いまから思えば、首都圏直下型の地震さえお来なければ絶対に起こり得ないだろうと思っていた。でも、現状を見れば、その時の状況が今まさに起こっていることに驚きを禁じ得ない。都会生活が電力、そのもとにある発電施設にいかに依存して成り立っているかを改めて気づかされる。

被災地から遠く離れて、僕にできることは残念ながら限られている。現時点では救援物資を送ることも物流に負荷をかけることになる。また、全国的にエネルギーが不足する中では現地に近づくのは当然のこととして、居住地域から離れることさえも無駄にエネルギーを消費することになり、復興への足かせになる。いたずらに電話やメールをすることもサーバーに負荷をかけて必要なところに必要な情報が行き渡らなくなる…。など、これまでの前例が通用しない難しい判断が必要になっている。

阪神の震災の時は、地震が被災地域だったので、地理にも詳しく、現地でボランティア活動に従事することもできた。今回はもどかしさだけが残るが、日常生活で負荷をかけない範囲の中で、復興を遅らせないための経済活動を続けるといったスタンスがひとまずは求められているのではと思った。

所属するランニングチームから、募金の案内に合わせて、「遠くからでもできること、すべきでないこと、被災地の人々に迷惑をかけず助けとなるための行動法まとめ」というブログを紹介された。

http://gigazine.net/news/20110312_how_to_help_your_loved_ones_from_afar/

いま被災地支援ができずにもどかしさを感じている人にぜひ読んでいただけたらと思う。