先週の土曜日(5月23日)、大阪地方は予想以上によく晴れた一日になりました。
この日も、朝からママチャリで古城めぐりに出掛けました。
この日は、淀川を渡った大阪府の北摂地域の3古城が目的地です。
今日はその3回目を紹介します。
第一回目の記事はこちらです:
https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12599168202.html
第二回目の記事はこちらです:
https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12599471690.html
大坂城、中之島の薔薇園に立ち寄り、日本一長いアーケード街の天満橋商店街を北に進み、淀川を渡り、柴島城址と淡路の先にある摂津新庄城の跡に立ち寄りました。
そこから更に北に向かいます。
この先で淀川の支流の神崎川を渡ります。
この橋は斜張橋というタイプの橋で、橋塔から斜めに伸びるケーブルの形状が面白かったです。
橋から眺める神崎川です。
この道をまっすぐ進むと、竹中氏陣屋跡があるのですが、その手前に浜屋敷という案内板を見つけました。
ここは江戸時代の庄屋を模して建てられた観光施設の様です。
このすぐ北側が、竹中氏陣屋(吹田陣屋)跡でした。
ここも、陣屋跡の碑はなく、このマンションは旧吹田市役所跡に建っているようです。
あまりにあっけない竹中氏陣屋跡ですが、道路を隔てて北側にある高浜神社は由緒ある神社でした。
創建がいつだったのか記録が残っておらず、735年(天平7年)には既にこの地に神社があったようです。
高浜神社からは帰り道です。
が、ちょっと寄り道するともう一つ古城跡に立ち寄れるので、高浜神社から東に向かいました。
住宅地を抜け、高浜神社の御旅所を過ぎ、安威川を渡ります。
堤防を少し走っていくと阪急京都線の鉄橋がありました。
ここは阪急相川駅のすぐ近くです。
相川駅からは何度も道に迷いながら進みました。
特徴のない住宅地で、道が不規則に交差しています。
井高野という地名で、大阪メトロの井高野駅の近くです。
この先で、再び新幹線のガードをくぐります。
ガードをくぐると大きな交差点を渡り、神崎川を渡りました。
神崎川は淀川の放水路のような川です。
川の畔にごみ処理場があり、その南側が摂津江口城があった辺りです。
グーグルマップに従っていくと、摂津江口城跡は、化学工場の敷地内でした。
摂津江口城は、三好政長の居城で、三好長慶との三好一族との内部争いで敗れたお城です。
帰ってから調べてみると、どうも近くの大隅神社辺りが城址だったようで、大隅神社の狛犬台に江口という文字が刻まれ、それが唯一の名残の様です。
この時は、そうとも知らずに、淀川の堤防を走りました。
広々とした河原が気持ちよく、緊急事態宣言が解除されて最初の週末という事で、野球少年の一団もいました。
しばらく淀川の堤防を走り、豊里大橋を渡ります。
緩やかに流れる淀川の様子です。
淀川を渡り終えると、太子橋今市です。
大阪メトロの地下鉄の駅がある、大きな交差点です。
太子橋今市からも国道に沿って南に進みました。
次の清水駅辺りで、一本東側の脇道を走ります。
ここは高野中街道で、5月1日に守口城とかに出掛けた際に、この道を走っています。
守口城を訪れてからの3週間が、あっという間に過ぎてしまったと感じます。
守口城を訪れた際の記事は こちら です:
https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12593886632.html
しばらく走ると、鶴見緑地公園への素敵な並木道があります。
既に、時間は12時を回り、4時間ほぼ走りづめで、お腹も空いてきました。
用意したおにぎりを食べるべく、鶴見緑地公園へと向かいました。
公園の木陰で、おにぎりを食べた後、風車の所に行ってみました。
一ヶ月ほど前、綺麗に咲いていたネモフィラは刈り取られ、夏の花に植え替えられていました。
しばらく経つと、また綺麗な景色が見られると思います。
~ 完 ~
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