4日間の旅を終えて、先ほど帰宅しました。
とっても充実した旅となりました。
とっても充実した旅となりました。
旅行中に投稿した記事に、多くの方に
コメント頂き、大変有難うございました。
明日以降、ゆっくり訪問させて頂きます。
コメント頂き、大変有難うございました。
明日以降、ゆっくり訪問させて頂きます。
そして、最終日の今日の旅の様子です。
今朝も出発は7時台。
人吉 7:37 発の八代行の普通列車で今日の旅立ちです。
人吉 7:37 発の八代行の普通列車で今日の旅立ちです。
人吉から八代までは球磨川沿いの峡谷を行く
風光明媚な区間です。
風光明媚な区間です。
駅に着くと丁度列車が入ってきましたが、
よく見ると、昨日、吉松から人吉まで
乗った列車と同じ車両です。
よく見ると、昨日、吉松から人吉まで
乗った列車と同じ車両です。
この車両は運転席横からの
前方の展望を愉しむ事が出来ます。
前方の展望を愉しむ事が出来ます。
人吉を発車して、球磨川に寄り添うようになると
車両の一番前に移動しました。
車両の一番前に移動しました。
日本三大急流と言われた球磨川も
所々にダムが築かれ、流れが淀んでいましたが
切り立った山間を走る肥薩線からの
車窓風景は素晴らしいものでした。
所々にダムが築かれ、流れが淀んでいましたが
切り立った山間を走る肥薩線からの
車窓風景は素晴らしいものでした。
熊本から人吉までは、蒸気機関車の運転されているので
観光客にも人気の路線と思います。
観光客にも人気の路線と思います。
八代に到着した後は、駅のコインロッカーに
荷物を置いてお城めぐりを始めました。
荷物を置いてお城めぐりを始めました。
八代での目的は、八代城とその前身にあたる
麦島城の散策です。
麦島城の散策です。
まず向かったのは八代城。
ここは一国一城令の例外として熊本城の支城でしたが、
この八代城の規模や石垣の様子は、
そんじょそこらのお城と引けを取らない立派さでした。
ここは一国一城令の例外として熊本城の支城でしたが、
この八代城の規模や石垣の様子は、
そんじょそこらのお城と引けを取らない立派さでした。
八代城の近くには柳川の松濤園、熊本の成趣園(水前寺公園)、
鹿児島の仙巌園と並んで、九州の4名園と言われているという
松浜軒があり、こちらにも足を伸ばしてきました。
鹿児島の仙巌園と並んで、九州の4名園と言われているという
松浜軒があり、こちらにも足を伸ばしてきました。
成趣園の様子はこちらです:
http://www.geocities.jp/shanehashi/Travel/Japan/Kyushu/Kumamoto.html
仙巌園の様子はこちらです:
http://www.geocities.jp/shanehashi/Travel/Japan/Kyushu/Kagoshima.html
八代城の後には、球磨川の川中島にあった麦島城跡を訪れました。
この麦島城が河川の氾濫で被害を受けたので、
八代城が築かれることになったそうです。
この麦島城が河川の氾濫で被害を受けたので、
八代城が築かれることになったそうです。
残念ながら麦島城跡の遺構は発掘されたものの
埋められていて、その姿を見る事は出来ませんでした。
埋められていて、その姿を見る事は出来ませんでした。
麦島城跡に残る城碑です。
発掘調査で、当時の御殿跡や石垣が見つかったのに、
道路建設を優先して遺構を破壊してしまったのは残念です。
麦島城跡を終えJR八代駅に戻り、
次に向かったのは宇土です。
次に向かったのは宇土です。
実は、今回の旅行に出かける前の計画では
この後に、熊本城に向かい、昨年復元された
本丸御殿の訪問と100名城のスタンプを
押しに行こうと思っていました。
この後に、熊本城に向かい、昨年復元された
本丸御殿の訪問と100名城のスタンプを
押しに行こうと思っていました。
しかし、100名城のスタンプは忘れてしまったし、
熊本城は、今日の様な雨の日ではなく
青空に輝く姿を見たい、という思いもあって
急遽、予定を変更したんです。
熊本城は、今日の様な雨の日ではなく
青空に輝く姿を見たい、という思いもあって
急遽、予定を変更したんです。
宇土には、小西行長が築いた宇土城と
江戸時代の陣屋跡があります。
江戸時代の陣屋跡があります。
駅のコインロッカーで荷物を預けようと思ったのですが
改装されたばかりの宇土駅にはコインロッカーがなく
重い鞄をひきづって散策する事としました。
改装されたばかりの宇土駅にはコインロッカーがなく
重い鞄をひきづって散策する事としました。
まず向かったのは宇土城跡です。
宇土高校の裏手に本丸が公園として残され、
小西行長の像が建っていました。
宇土高校の裏手に本丸が公園として残され、
小西行長の像が建っていました。
本丸以外には遺構は残っていないのですが、
加藤清正が築いたとされる石垣を眺める事が出来て良かったです。
加藤清正が築いたとされる石垣を眺める事が出来て良かったです。
そして、宇土に行って知ったのですが、
宇土にはもう一つ宇土城がありました。
宇土にはもう一つ宇土城がありました。
小西行長が築いた宇土城は、戦国時代の終わりですが、
もう一つの宇土城は11世紀半ばに築かれています。
二つの宇土城では紛らわしいので、
こちらの宇土城は「中世宇土城」と呼ばれ
発掘調査もされ、国の史跡に指定されていました。
もう一つの宇土城は11世紀半ばに築かれています。
二つの宇土城では紛らわしいので、
こちらの宇土城は「中世宇土城」と呼ばれ
発掘調査もされ、国の史跡に指定されていました。
中世宇土城は小西行長の宇土城の約500m程南、
田圃から浮かび上がった丘の上にありました。
田圃から浮かび上がった丘の上にありました。
急な坂道を上ると、復元された山肌の曲輪の上に
柵や門が復元された主郭の様子が見えてきました。
柵や門が復元された主郭の様子が見えてきました。
主郭の周りの内堀も復元されていて
重い鞄を引きずって歩いて来た甲斐がありました。
重い鞄を引きずって歩いて来た甲斐がありました。
中世宇土城からは、来た道を戻り、
街中の宇土陣屋跡の訪問です。
街中の宇土陣屋跡の訪問です。
1.5km程歩いて陣屋跡を訪れましたが、
壁がわずかに残る陣屋跡よりも
その近くにある船場川に架かる船場橋と
その川沿いの風情がとても綺麗でした。
壁がわずかに残る陣屋跡よりも
その近くにある船場川に架かる船場橋と
その川沿いの風情がとても綺麗でした。
失礼ながら宇土は城跡だけで、街中に
観光するところはないだろうと思っていたのですが、
この船場橋の様子を見ていると、
「歴史あるところに風情あり」
という思いを強くしました。
観光するところはないだろうと思っていたのですが、
この船場橋の様子を見ていると、
「歴史あるところに風情あり」
という思いを強くしました。
今日で、4日間の鹿児島・熊本の旅も終わりです。
とても充実した旅になりました。
3月に花粉症が酷くなって以来、会合とかを除いて
アルコールは控えていたのですが、昨日の夕食時と
今日の帰りの「のぞみ」の車内ではビールを飲みました。
とても充実した旅になりました。
3月に花粉症が酷くなって以来、会合とかを除いて
アルコールは控えていたのですが、昨日の夕食時と
今日の帰りの「のぞみ」の車内ではビールを飲みました。
久しぶりのビールはよく効きました^^
【今回の旅の成果】 鉄道乗りつぶし 九州新幹線 博多 - 新八代間 151.3km 日本の鉄道全線乗車のタイトル防衛 お城めぐりの旅 人吉城、原城(中世人吉城)、八代城、麦島城、宇土城、宇土古城(中世宇土城) 100名城スタンプ: 鹿児島城、人吉城 登城数: 212 うち100名城 74城、うちスタンプ押した100名城 45数 陣屋めぐりの旅 宇土陣屋 総訪問陣屋数 12