携帯からも投稿しましたが、昨日の夜から、
上野発の寝台特急「北陸」に乗って、
旅に出ていました(^^ゞ
上野発の寝台特急「北陸」に乗って、
旅に出ていました(^^ゞ
今回の旅の最大の目的は、昨年末の12月23日に開業した
富山地方鉄道の軌道線、「環状線」の乗車と
富山までにアクセスに、この3月13日のダイヤ改正で
廃止になってしまう寝台特急「北陸」に乗ることでした。
富山地方鉄道の軌道線、「環状線」の乗車と
富山までにアクセスに、この3月13日のダイヤ改正で
廃止になってしまう寝台特急「北陸」に乗ることでした。
それだけでは、時間が余ってしまうので
既に訪れた事のある高岡城の
日本100名城のスタンプと、高岡の街の散策、
そして、高山から名古屋に抜ける途中で
飛騨古川の町を散策してきました。
既に訪れた事のある高岡城の
日本100名城のスタンプと、高岡の街の散策、
そして、高山から名古屋に抜ける途中で
飛騨古川の町を散策してきました。
まずは、あらすじを紹介しようと思いますが
それでも、内容が盛り沢山なので、
2回に分けて紹介します。
それでも、内容が盛り沢山なので、
2回に分けて紹介します。
今日は、「北陸」の乗車から、高岡の街の散策
そして、富山までの様子です。
そして、富山までの様子です。
今回の旅は、上野発 23:03 発の「北陸」で出発しました。
「北陸」が発車する上野駅の13番線には、
「北陸」が入線する30分以上も前から
多くの鉄道ファンが集まっていました。
「北陸」が発車する上野駅の13番線には、
「北陸」が入線する30分以上も前から
多くの鉄道ファンが集まっていました。
長い待ち時間もあっという間に過ぎ、
いよいよ「北陸」の入線です。
いよいよ「北陸」の入線です。
なんとか撮影出来ましたが、
どれだけ、多くの人がいたかというと、
どれだけ、多くの人がいたかというと、
こんな感じです。
この写真は、僕もしばらく自分の前の空間が
空くのを待って写真を撮ってから写したものなので
入線直後は、もっと凄い鉄道ファンがいた事と思います。
この写真は、僕もしばらく自分の前の空間が
空くのを待って写真を撮ってから写したものなので
入線直後は、もっと凄い鉄道ファンがいた事と思います。
実は、この「北陸」号のチケットは、
JRのみどりの窓口で発売が開始される
乗車日の一ヶ月前に買ったのですが
売り出し開始時間の10時をちょっと過ぎて
窓口に行くと、最後の1枚が残っているだけでした。
JRのみどりの窓口で発売が開始される
乗車日の一ヶ月前に買ったのですが
売り出し開始時間の10時をちょっと過ぎて
窓口に行くと、最後の1枚が残っているだけでした。
廃止まで後、一ヶ月あるのですが、
廃止間際の騒動はどんな事になるのかと、
ちょっと心配な程でした。
廃止間際の騒動はどんな事になるのかと、
ちょっと心配な程でした。
大宮を発車後にベッドに潜りこんだのですが、
なかなか深い眠りにはつけず、
ほぼ2時間毎ぐらいに目を覚ましてしまいました。
なかなか深い眠りにはつけず、
ほぼ2時間毎ぐらいに目を覚ましてしまいました。
5:20 頃、富山到着15分前の車内放送で
目を覚まし、身繕いを整えると列車最後尾から
去り行くレールを眺めていました。
目を覚まし、身繕いを整えると列車最後尾から
去り行くレールを眺めていました。
金沢到着が 6:26 と早いので、夜はあけず、
到着することにやっと空が明るくなりだしました。
到着することにやっと空が明るくなりだしました。
金沢の街並みが、かすかに空に浮き上がっていました。
金沢には定時到着です。
金沢でも多くの鉄道ファンが出迎えていました。
金沢でも多くの鉄道ファンが出迎えていました。
金沢も、まだまだ見るところが沢山残っているのですが
今日の主目的は富山地方鉄道なので、
すぐに折り返して下り列車に乗りました。
今日の主目的は富山地方鉄道なので、
すぐに折り返して下り列車に乗りました。
そして、高岡で 7:31 に途中下車です。
高岡では、日本100名城の高岡城の
スタンプを押すのが主目的だったのですが、
スタンプが置いてある博物館の開館が9時と、
1時間半ほどあるので、その間に高岡の街を
散策する予定にしていました。
高岡では、日本100名城の高岡城の
スタンプを押すのが主目的だったのですが、
スタンプが置いてある博物館の開館が9時と、
1時間半ほどあるので、その間に高岡の街を
散策する予定にしていました。
駅を出て北側に700m程離れたところにある
伝統的建造物保存地区に指定されている山町筋や
更にその北にある金屋町周辺が目的地でした。
伝統的建造物保存地区に指定されている山町筋や
更にその北にある金屋町周辺が目的地でした。
山町筋は、蔵の残る町並みで、金屋町は
高岡城を築いた前田利長が奨励した
高岡鋳物の発祥の地です。
高岡城を築いた前田利長が奨励した
高岡鋳物の発祥の地です。
どちらの街並みも落ち着いた佇まいで、
朝早い事もあって、静かな町並みを
楽しむことが出来ました。
朝早い事もあって、静かな町並みを
楽しむことが出来ました。
当初は、この2箇所を見終わった後に、10:41 の
普通列車で富山に向かう予定だったのですが、
山町筋に向かう際に乗った「万葉線」
(旧・加能越鉄道)のパンフレットで、高岡駅前発 10:00 の万葉線に乗れば、
終点の越ノ潟でフェリーが接続し、更にフェリーの終点・堀岡で、
富山ライトレールの岩瀬浜駅に行くバスが
接続している事を知りました。
普通列車で富山に向かう予定だったのですが、
山町筋に向かう際に乗った「万葉線」
(旧・加能越鉄道)のパンフレットで、高岡駅前発 10:00 の万葉線に乗れば、
終点の越ノ潟でフェリーが接続し、更にフェリーの終点・堀岡で、
富山ライトレールの岩瀬浜駅に行くバスが
接続している事を知りました。
高岡駅で見つけたパンフレットには、
山町筋や金屋町とは反対の駅の南側に
高岡の街の基礎を築いた前田利長公の墓所と
国宝の瑞龍寺が載っていて、ここにも行きたくなりました。
山町筋や金屋町とは反対の駅の南側に
高岡の街の基礎を築いた前田利長公の墓所と
国宝の瑞龍寺が載っていて、ここにも行きたくなりました。
金屋町から博物館に向かった時点で 8:30。
そして予定通り 9:00 に博物館に着いて
スタンプを押し、前田利長公の墓所に向かいました。
そして予定通り 9:00 に博物館に着いて
スタンプを押し、前田利長公の墓所に向かいました。
前田利長公墓所は掘に囲まれた立派な墓所でした。
この瑞龍寺は総門から山門、そして山門から続く回廊の内部に
仏殿や法堂と、伽藍がしっかり残っていて、
山門や仏殿、法堂は国宝に指定されています。
仏殿や法堂と、伽藍がしっかり残っていて、
山門や仏殿、法堂は国宝に指定されています。
仏殿に安置されている釈迦、文殊、普賢の三尊も
拝む事が出来るのですが、それはとても神秘的でした。
拝む事が出来るのですが、それはとても神秘的でした。
越ノ潟駅のすぐ目の前には、富山新港が広がり、
富山県営のフェリーが出航を待っていました。
富山県営のフェリーが出航を待っていました。
波の高い富山新港を、フェリーで揺れる事5分で
対岸の堀岡に到着し、ここで小型バスが待っていてくれました。
対岸の堀岡に到着し、ここで小型バスが待っていてくれました。
富山新港は1968年に出来たそうですが
それ以前は、越ノ潟から先にも線路が延び、
岩瀬浜まで鉄道で行けたそうです。
それ以前は、越ノ潟から先にも線路が延び、
岩瀬浜まで鉄道で行けたそうです。
港で、線路が分断されると、岩瀬浜までの
公共交通機関は無くなってしまいましたが、
この接続バスが土・日・祝日だけは
運行されているとは知りませんでした。
公共交通機関は無くなってしまいましたが、
この接続バスが土・日・祝日だけは
運行されているとは知りませんでした。
万葉線の車内で、偶然パンフレットを見つけて、
このルートを辿る事が出来て良かったです。
(続く)
このルートを辿る事が出来て良かったです。
(続く)
今日紹介した、「北陸」の乗車記や、高岡の散策の様子、
そして、越ノ潟から岩瀬浜までのフェリーとバスの乗車記は
後日に本編のホームページで詳しく紹介しようと思います。
そして、越ノ潟から岩瀬浜までのフェリーとバスの乗車記は
後日に本編のホームページで詳しく紹介しようと思います。
明日は、富山地方鉄道と飛騨古川の様子を紹介します。