先日、振付家ジョン・クランコの人生を描いた映画『ジョン・クランコ』を観た。
この映画に興味を持ったきっかけは、とてもシンプルだ。
彼が、私の大好きなバレエ作品である『ロミオとジュリエット』や『オネーギン』に関わっていると知ったからだ。
これまで私は、この二つの作品を「物語として」楽しんできた。
ストーリーはすでに頭に入っているし、音楽や振付の美しさに心を委ねる時間が好きだった。
けれど今回、彼の人生を知ったことで、作品の見え方が静かに変わった。
⸻
映画の中で描かれていたのは、ひとりの振付家としての才能だけではない。
迷い、葛藤し、ときに傷つきながらも、それでも踊りと向き合い続けたひとりの人間の姿だった。
芸術作品というのは、どこか遠くにある完成された“美”のように感じてしまうことがある。
けれど本当は、その裏側には、創り手の人生や感情、言葉にならない想いが折り重なっている。
そう思ったとき、これまで観ていた『ロミオとジュリエット』や『オネーギン』が、単なる古典作品ではなく、
**「誰かの人生の延長線上に生まれた表現」**として、より立体的に感じられるようになった。
⸻
そしてもうひとつ、この映画の魅力は“身体”そのものだった。
作中には、シュトゥットガルト・バレエ団のダンサーたちが出演しており、実際に舞台に立っているダンサーの姿も見ることができる。
演技としてのダンスではなく、
日々積み重ねられてきた身体の記憶が、そのまま画面の中に流れ込んでくるような感覚。
物語を追いながらも、ふとした瞬間に「やはりダンスはいい」と思わせてくれる。
そんな贅沢な時間だった。
⸻
映画を観終わったあと、強く思ったことがある。
もう一度、あの舞台を観たい。
ストーリーを知っているからこそ、
振付の背景を知ったからこそ、
きっと以前とは違う感情で、同じ作品に向き合える気がする。
芸術は変わらないようでいて、
それを受け取る自分の側が変わることで、いくらでも新しい表情を見せてくれる。
⸻
近いうちに、また『ロミオとジュリエット』か『オネーギン』を観に行こうと思う。
今度はきっと、舞台の奥にある“誰かの人生”に、もう少しだけ耳を澄ませながら。
⭐︎⭐︎⭐︎
レギュラー読者様はきっと上記の僕の文章を見て、この人どうしちゃったの?あれいつもと違う。と感じたのではないでしょうか。それは正解です。
映画「ジョン・フランコ」を鑑賞したのは事実ですが、こちらはChatGPTに僕のブログのリンクを貼って簡単にどんな感想を持ったかを伝え、僕のブログっぽい文章を魅力的に作ってくださいとオーダーした文章が上記でした。伝えたいことともちょっと違うけれども、そして僕のいつもの文章とずいぶん違う気がするけれども、これはこれで面白いのでそのままアップしました。
シュツッツガルトの看板ダンサー フリーデマンはオネーギン役で出ていました。

