令和の日本人にとって2000円札よりも見る機会がないと言われている当ブログ、
XやmixiなどのSNSでのポスト、ニコ生でのコメントなど、私の発信するものを読んだ方は
薄々勘付いている事だと思いますが、shishamo89には文章力というものがありません。
思いついた事を思いついた順番に喋るように書いていく事しか出来ないので
全体の構成を練るであるとかオモシロ伏線回収のような事ももちろん出来ないですし
箇条書きのように短い文をいっぱい羅列したような形になりがちです。
文章力が育たなかった原因はなんなのかと過去を振り返ってみますと、
やはり小学生の頃に書かされる作文が大嫌いだったところにある気がします。
小学2年生の時に書いた「近所のおじいさんがやってる本屋が閉店してしまって寂しい」
みたいな作文は最初で最後の花丸をもらったのですが、
それもかなり親の編集が入っていたので自分だけの文章力とは言い難い。
思えば夏休みの工作もほぼほぼ親が設計して作るのをお手伝いしていた感じだったので、
今になってプラモの汚し塗装だのケースの自前制作だの、さも「物創りでんねん」顔して
クラフトマンシップのカケラもない奴が何を言ってるんだという話であります。
話が逸れましたが、小学校の卒業文集も当然ですが難航しました。
文章力云々の前に作文嫌い勢にはそもそも書きたい内容がないわけですから
開き直ってこのまま未提出で卒業してしまおうと思っていました。
しかし、さすがにそれが許されるわけもなく、苦痛だった修学旅行の思い出を
ややドラマチックな友情と感動のストーリーに脚色してお茶を濁しました。
しばらくして製本された卒業文集を受け取ってパラパラと内容を確認しますと、
将来の夢だとか思い出のイベントとか友達の話とかそういうのが並んでいる中に
『みかんとチョコレート』という異質なタイトルがありました。
「私はみかんとチョコレートが好きです」という書き出しで、何故好きなのか
どう食べるのが好きなのかが最初か最後まで書いてあるだけの文章(だったはず)です。
書いたのはそんなに目立たないおとなしい印象の女子。
仲の良い2人くらいの友達と静かに喋ってる、皆さんのクラスにもいたような子です。
夢や思い出を語る文章の中でひとつだけこの内容なので正直言って「何これ?」的な
クスクス笑うような空気はありました。あの子変わってるんだね的な。
でも今になって思うとあれってエッセイだし誰よりも自分自身を表現していたんだと、
誰よりも文章力があったのはあの子なんじゃないかって思ったりもします。
まあこの場合は文章力なのか文才なのか、言葉の定義はよくわかんないですけど。
あれから何十年・・・えーと、私が今18歳ですから6年くらいですか?(お約束)
それだけ経ってもまだ記憶に残ってるのは『みかんとチョコレート』だけですし、
結局のところ「これを書きたい!」という情熱は技術を凌駕するのでしょう。
という事で、文章を書きたい情熱がない私に文章力が備わるわけがなかったのです。
訴えたい事がないんです。メッセージのない演説家でございます(©鳥肌実)