たまに譜面や音源のお問い合わせをいただきますので、お知らせをいたします。

 

2年ほど前に「阿波の唄 お座敷唄1」というCDをリリースさせていただきました。

Amazonや楽天ほか、オンラインでCDご購入、及び、iTunesなどのストリーミングでお聞きいただけます。

 

 

徳島に伝わる民謡、新民謡を「いい音」「邦楽アンサンブル」の形で残したくて、東京の演奏家の先生方にご協力いただき、徳島でレコーディングいたしました。

 

それらの曲のうち、市販の譜面集に入っている曲もあれば、私が音源から採譜したものもあります。

以下の曲のうち、私が採譜した曲の譜面は1,500円(税込・送料込)で販売しておりますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。

 

なお、CD制作にあたり、各市町村に問い合わせ、また、県立図書館などの文献をもとにして、後世に伝えるにふさわしい歌詞や曲の成り立ちなど調査いたしました。

民謡は人の口から口へと伝わるにつれて、どんどん変化をしてくからです。

ここに歌詞と簡単な曲解説を公開させていただきます。よろしければ、ご参考ください。

 

演目リスト

西祖谷の粉ひき節

祖谷甚句

阿波風景

徳島麦打唄

新徳島小唄

阿波小唄

盆流し唄

鳴門ぶし

 

■西祖谷の粉ひき節

(徳島県三好市民謡)

藤本 琇丈 三味線作曲

 

祖谷のかずら橋ゃ 蜘蛛のゆのごとく

風も吹かんのに ゆらゆらと

吹かんのに 吹かんのに 風も

風も吹かんのに ゆらゆらと

 

祖谷のかずら橋ゃ ゆらゆら揺れど

主と手を引きゃ こわくない

手を引きゃ 手を引きゃ 主と

主と手を引きゃ こわくない

 

[豆知識]

蜘蛛のゆ=くもの糸

祖谷は、平家の落人伝説の残る地。米がとれず、稗や麦、蕎麦等を粉にするため、石臼で夜なべ仕事をする際、睡魔と戦うため、唄いながら仕事をした。元々は陽旋法(田舎節)だったのが、後に陰旋法(都節)になり、繰り返しが入った。返し部分は、二人で相挽きするときに掛け合いで唄った。現在、民謡として定着している「祖谷の粉ひき唄」は、西祖谷善徳地区で唄い継がれたもの。本CDでは、元祖の名称「西祖谷の粉ひき節」を用いる。

 

■祖谷甚句 

(徳島県三好市民謡)

藤本 琇丈 三味線作曲

 

エーエ 甚句甚句と 名はよいけれど

甚句 左程の歌じゃない

*(アラ お前さんに会おうとて

 たいてな辛棒をしたわいな 来なェー 毎晩)

 

エーエ 此処で歌うたりゃ 聞こえようか 殿に

何で聞こえよう 小うねごし

*繰り返し

 

エーエ 山が高うて あの家が見えぬ

あの家こいしや 山にくや

*繰り返し

 

[豆知識]

ローカル色の強い地方歌謡をさして「地ン句(甚句)」と呼んだと言われるが,明確な定説はない。一般的に、7775の歌詞で1コーラスを構成する。

東祖谷では、囃子部分が「アラ大きい提灯 こんまい提灯 行燈に燭台 ぼんぼりぼんぼり」と唄われていた。(「アラ お前さんに~」は、西祖谷のもの)

 

■阿波風景

(徳島県新民謡)

林 鼓浪 作詞

多田 小餘綾 編曲

 

阿波の藍ほど みどりの潮に

恋が渦巻きゃ 櫓櫂は立たぬ

ヤンラ千鳥が 身をぬらす

ヨイ ヨイ ヨイヨイ ヨーイヤサ

 

船頭陽気に酔わした後は

吉野川橋 ただ一筋と

恋のテンポに 私をのせて

春のおぼろを 走る首尾

 

空は墨絵の城山がらす

町に灯がさしゃ ねぐらへ帰る

滝の夕暮 つき出す鐘に

散るは桜か 仇花か

 

行こうか戻ろか 新町橋の

しだれ柳が 風吹くままに

思う中州に ツイ船止めりゃ

まねく尾花に 月がさす

 

[豆知識]

徳島市富田町検番から流行した曲。昭和初期、全国各地で観光促進のための新作民謡が続々作られていたとき、徳島の名妓・お鯉さんが、「徳島風景」としてレコードに吹き込んだ曲。後に「阿波風景」に改題された。

 

■徳島麦打唄

(徳島県民謡)

多田 小餘綾 編曲

 

阿波の藍ならヨーヨホホヤ 昔を今に

染まる色香は 変りゃせぬ

ヨホホヤ トヨエ (ハァー ウットケウットケ)

 

山は焼けてもヨーヨホホヤ 山鳥ゃ飛ばぬ

可愛いわが子に ひかされて

ヨホホヤ トヨエ (ハァー ウットケウットケ)

 

阿波へ来るならヨーヨホホヤ お盆に来んせ

町はうずまく 阿波踊り

ヨホホヤ トヨエ (ハァー ウットケウットケ)

 

[豆知識]

「麦打ち」とは、初夏、麦を収穫後、麦の穂をすごき落としてむしろの上に広げ、それを何人かで殻竿で打って、麦の実を落とす脱穀作業のこと。元は、この作業のときに唄う、陽旋法のリズミカルな労作唄だったが、徳島の名妓・お鯉さんが、お座敷で客の唄う「麦打唄」を聞き、陰旋法で情緒的にアレンジしたもの。「ウットケウットケ」は、豊作万作を願う言葉。

 

■新徳島小唄

(徳島県新民謡)

阿部 恒子 作詞

竹内 平吉/中山 晋平 作曲

 

滝の白糸 桜にむせて チョイチョイ

阿波の徳島エ 夢の町 ヨイヨイヨイ

やさし眉山 おぼろに暮れりゃ

うるむ瞳の様な 灯がともる

*エッサイサイ

ヤンレ スッチョコ ドウジャイナ

ヤレチコ スッチョン スッチョンチョン

ソンレ スッチョコ スッチョンチョン

 

藍を流して 風さえ薫る チョイチョイ

四国三郎のエ 男ぶり ヨイヨイヨイ

吉野川橋 ぞめきにうかれ

踊りゃ後生楽 月も出る

*繰り返し

 

燃える紅葉が 岩はだ染めて チョイチョイ

歩危の真清水エ 秋深く ヨイヨイヨイ

剣五千尺 湧き立つ雲に

祖谷はしぐれる かずら橋

*繰り返し

 

阿波の鳴門も 浮世の瀬戸も チョイチョイ

義理と情のエ 渦が巻く ヨイヨイヨイ

ままよ 荒渦 吹雪にぬれて

淡路通いの 磯千鳥

*繰り返し

 

[豆知識]

昭和8年~9年に作られた曲。大正13年に、野口雨情が徳島を訪れて、「阿波の十兵衛さん」「阿波へゆきたや」を作詞したことがきっかけで、徳島に「新作民謡ブーム」が到来。昭和11年頃までに多くの名曲が作られたが、そのほとんどが、戦後忘れ去られてしまった。

 

■阿波小唄

(徳島県新民謡)

作詞・作曲 不詳

 

阿波へ 阿波へと 流るる潮は

やがて 鳴門の 渦となる

 

土佐の 山越す 薩摩の風は

鳴門蜜柑の 花咲かす

 

剣山 夕やけ ふもとは小やけ

祖谷は 暮れたか 火が見える

 

[豆知識]

昭和11年頃の作。昭和5年に作られた同タイトルの曲もある。原曲は「鳴門蜜柑」だが、お鯉さんのCDには、「阿波のスダチ」と吹き込まれている。

 

■盆流し唄

(徳島県新民謡)

林 鼓浪 作詞

今藤 長三郎 作曲

多田 小餘綾 編曲

 

秋の千草はサ 月夜に濡れる

踊りゃ 浴衣に 露が浮く

アノ 藍あがり ヨイヤサ アーヨイヤサ

 

町は明こうてサ 踊りの月夜

誰がおとした うちわやら

アノ 紋ぢらし ヨイヤサ アーヨイヤサ

 

唄を流してサ 新町橋は

涼し朝風 連れ弾きの

アノ たもとから ヨイヤサ アーヨイヤサ

 

盆の月夜はサ 柳の影に

みやび姿の 踊笠

アノ ほどのよさ ヨイヤサ アーヨイヤサ

 

昔は世がようてサ よしこの踊

今もぞめきの 節できく

アノ 盆の月 ヨイヤサ アーヨイヤサ

 

[豆知識]

盆流しは、徳島市富田町検番の芸妓衆が、揃いの友禅に黒繻子の襟をかけ、黒塗りの下駄で、三味線を弾きながら歩いた様子。お稽古をしている長唄の一節や、新作小唄などを演奏したそう。

 

■鳴門ぶし

(徳島県新民謡)

唐崎 瑛司 作詞

中山 晋平 作曲

 

旅の千鳥も 旅の千鳥も かもめも来んせ

ヨイトサ ヨイトサット

阿波の鳴門にゃ チョイト 渦が巻くヨ

ヨイトサ ヨイトサット

 

男伊達者に 男伊達者に 藍染浴衣

ヨイトサ ヨイトサット

ぞめきばやしで チョイト ひと踊りヨ

ヨイトサ ヨイトサット

 

うちの兄にゃは うちの兄にゃは 鳴門の瀬戸で

ヨイトサ ヨイトサット

渦にもまれて チョイト 鯛をつるヨ

ヨイトサ ヨイトサット

 

誰になびこと 誰になびこと 塩吹く煙

ヨイトサ ヨイトサット

ままよ まぜ風 チョイト 凪の風ヨ

ヨイトサ ヨイトサット

 

里の尼塚 里の尼塚 十日の夜さは

ヨイトサ ヨイトサット

沖にほのぼの チョイト 夫婦岩

ヨイトサ ヨイトサット

 

踊り踊らば 踊り踊らば 鳴門で踊れ

ヨイトサ ヨイトサット

渦が音頭とる チョイト 拍子とるヨ

ヨイトサ ヨイトサット

 

[豆知識]

鳴門市制一周年を記念して作られた曲。新民謡の大御所・中山晋平を鳴門に招待して作った。