*One's Future* -2ページ目

*One's Future*

徒然も慰めがたう、心細さまさりてなむ

 
20度を超す暖かい日が続いたかと思えば、
昨日今日と冬が逆戻りしたような寒さ。

温度差で体調を壊してはいないだろうか?

4月ももう半ばを過ぎたというのに、
安定しないこの気候っぷりは何かの暗示なのだろうか。


はたまた飛びかう花粉の量は例年に比べてどうなのだろうか。
小生は幸いにして花粉症と無縁で全く感覚としてわからない。




小生の体調はどうでもいいのだが、
先日母が倒れ入院した。

精神的なものと過労が重なったようだ。


急いで病室に駆けつけた小生に
母の一言目は「ごめんね」だった。


なぜ貴方が謝るのか。
そんな申し訳無さそうな目をする必要なんてない。

どうしてだろう。どうしてこんなことになるのだろう。
なぜ自分は何もできないのだろう。


思わず涙が溢れそうになったが、自分がそんな姿を見せれば、
母は自身を責めるかもしれない。

ぐっと我慢をして、「大丈夫だよ」と笑ってみせた。

どれだけぎこちない笑顔だったかは想像もつかないが、
精一杯の強さで、母に応えた。



母のいなくなった家は、生活感がない。
たまる洗濯物、つみあがった食器、埃がちらばる床、

そんな自分でこなすには多過ぎる家事。


なれない家事に、人の倍以上の時間がかかるが、
一つ一つ終わらせていく。

放棄もしない。弱音も吐かない。
今、どれだけ母の帰りを願っても叶わないのだから。

だから現実と向き合うしか自分に道はない。



自分が苦労人だとか、
不幸で、悲劇の最中にいる人間だとは決して思っていないが、
自分のような人間に対して、

変化を求められない環境で、
変化を必要とせずとも生きていける人間もいるということには、
不平等を感じざるを得ない。


「頑張った人が頑張った分だけ報われる」「正直者がバカをみない」
そんな社会にならないものだろうか。

たとえ社会がそうならなくても、
そうなるように何か行動ができることを将来はしたい。



少しずつだが、
なりたい自分の姿、そして自分のやりたいことが、
明確になってきている気がする。







風は強く、暖かく吹き春を感じさせる。

ついこの前まで満開だった桜も、もう散り際。
舞い散る桜を後目に、ただ一人目的も無く歩き思いを馳せたし。





大学には新入生の姿が見えた。
自分も去年はあんな姿をしていたのだろうか。

後ろ姿がまだどこか高校生に見えるもの、
晴れて大学デビューをしバシっと飾っているもの、
その姿は多様だ。



彼らはどんな気持ちで新学期を迎えたのだろうか。

夢を抱き野心に燃えるものはこのご時世少ないかもしれない。
姿が多様なように、抱く思いもまた十人十色なものだろう。



自分はどうだっただろうか。
ふと思う。

記憶に手を伸ばして探ってみても、いまいち思い出せない。


抱いていた思いこそ思い出せないが、
あの頃の毎日が楽しかったことははっきりと覚えている。

慣れない環境という面では非常に辛いこともあった。
しかし、多くの人に支えられて、自分なりに楽しい時を過ごしていたのではないだろうか。


また、ちょっと大人になったような気がして、
小生意気なことも高々と言ってた気もする。

今から振り返れば、『まだまだガキだったくせに』と思うし、
こう書いた記事を、いつかの自分が読み返せば、また同じようにそう思うのだろう。

人はそれを黒歴史と呼ぶのかもしれないが、
自分にとっては大切な思い出の1ページである。

たとえ良い思い出ではなくて、苦い思い出であっても、
思い返した時に、何にもないよりは、
何かしらあった方が断然いい。

何もなかったら、それはまるで自分が存在していなかったようではないか。



自分は思い出とは、今の自分のための糧だと考えている。

思い出とは、何かしないと作れない。
何もしない日々を過ごしていたら思い出も何もない。

つまりは思い出とは、自分がその日をいかに充実して過ごしたかの証拠ではないか。

その日を一生懸命に過ごせた人間にだけ、
思い出というプレゼントが得られる。

そう考えると、
思い出の数というものは、自分が1日1日、積み重なれば日常、ひいては人生に対して、
どれだけ向き合っているかを表すものといってもいいと思う。


また向き合っていけば当然に苦い思い出もできるはずだ。
しかし、それもそれで良いのだ。
良い思い出だけの人はかなり珍しい類だと思う。


そして、楽しい思い出も苦い思い出も全部、積み上げていけば、
自分の経験となる。
経験は自信に繋がり、自信は自分への糧となる。

だから、自分は思い出とは、今の自分のための糧だと考えているのである。




さて、こんなことを書こうと思っていたのではないが、
切りがいいからこの辺で終えるとしよう。

こうして書きたいことが書けなくなってきているのが最近の悩みである。



早いもので高校卒業から1年。
この1年を自分がどう過ごしたか振り返ってみる。

3月…自動車免許取得、幸せ絶頂
4月…大学入学、塾講師バイトを始める、自動車部に入部
5月…車検手続きなどの知識を極める、両親の離婚で引っ越し準備、まさかのダブルワークを始めるも断念
6月…譲ってもらったMR2のことで頭が埋まる、引っ越し
7月…MR2納車、またも引っ越し
8月…怒濤のバイト、購入候補のインテさんに夢中になり情報収集→インテさん納車
9月…MR2を親父に名義変更し売却、インテさんでとにかくでかける
10月…インテさんの外装を気にし出す
11月…インテさんのパーツ集めばっかり
12月…我に返りインテさんに金をかけるのを躊躇しだす
1月…インテさんに車高調入れてめでたく車遊び(パーツ集め)にピリオド
2月…公務員になるために本格的に情報収集を開始、疎かになってた勉強をresume



今年に入ってからは、クルマ熱が冷めたこともあり、
自身の将来を見据え始めたものの、
高校卒業してから過ごした去年の日々は、ほとんどクルマのことしか考えてなかったようだw

もちろん、プライベートの色んなことでも頭がいっぱいだったが、
それをここで書くことはできないので割愛する。



そろそろ大学生として、学生としてしっかりと学びに勤しみたい。

先日、仮面浪人してた友人と話をして、刺激を受けるものが多々あった。
彼は国際政治に興味があるそうで、専門書を読みあさっているようだw


私にも今、読みたい本がたくさんある。
ここで自身のメモとして書いておこう。

『憲法とは何か』(長谷部恭男、岩波新書)
『法学入門 第6版補訂版』(末川博、有斐閣双書)
『はじめての法律学 -- HとJの物語 第4版』 (有斐閣アルマ)
『法学ナビゲーション』 (有斐閣アルマ)
『日本の思想』(丸山真男、岩波新書)
『社会学入門』(見田、岩波新書)
『民主主義という不思議な仕組み』(佐々木毅 、ちくまプリマー新書)
『東大物理学者が教える「考える力」の鍛え方』(上田正仁)
『東大現代文で思考力を鍛える』(出口汪)
『英文解釈教室 改訂版』(伊藤和夫)

自分は法分野の初学者であるので、
入門書として有名?なものを、一通り読んでしまいたい。

いくら時間があっても足りるとは思えない。
効率の良く、生産性のある日々を過ごせるようにしたい。



高校卒業してから2年となる、
翌年の3月1日にその1年を回顧したときには、
今年とは違い、学びで埋まっている1年にしたい。

両親の離婚が決まる前、
家庭環境は散々で、
親父と口をきくことが無かった頃、
僕は免許をとった。

離婚が決まって、あと数日で、
家を出ることになったある日、
親父と駐車場でかち会った。


「随分前に免許とってたのに、
まだ一度も、
乗せてもらったことなかったな。
最後に乗せてくれないか。」


そう言った親父の姿を見て、
僕の中にあった親父への壁は崩れた。

刹那、親父に連れて行って貰った
色んなところの思い出が、
家族みんなで過ごした日常が、
走馬灯の如く思い返された。



これから僕ら家族はバラバラになるんだ。


それが初めてわかった。

自分の運転で、両親を連れて旅行に行く。
そんな普通にあったであろうことも、

一度も出来ず、

家族全員揃った写真さえも、
もう撮ることは叶わない。


離婚の重さを、子の立場から
初めて感じたときだった。

このブログも2月に更新した以来、
結局何もせず放置していた笑


『冬来たらなば、春遠からじ』

そんな気持ちで春を待ち、ひたすらに乗り越えた冬、受験。


私ももう大学生である。

2月の自分。
受験生だった自分がただただ懐かしい。

大変だった受験も決して嫌なものだったわけではない。
過ぎてしまえば思い出だ。


学校の6Fで放課後に勉強したこと。
5時起きの生活で朝勉強したこと。

すべて私にとって智の財産となったし、一生ものの宝物の日々と言っても
過言ではないだろう。


惜春の情とはまさにこのことか?



過ぎた日々は輝かしく見える。
思い出というのは美化されるものだ。



受験が終わり、自分の周りの環境はめまぐるしく変わった。


両親の離婚を始め、繰り返す引っ越し。


心休まるイトマさえ無かった。




季節はそんなうちに夏となっていて、
その夏さえもう過ぎようとしいてる。


窓を開けて聞こえる虫の声が初秋の訪れを教えてくれている。




自分はきっと、
ここに何か記すことできっと自分を失わないようにしているのだと思う。




脈絡なく綴ることしかできない自分がもどかしい。


もっと昔は自分の思ったことを簡単に言葉にできていたと思う。