「この人が私達と同じように聖霊を受けたからには…」 | 姫路シャローム教会

「この人が私達と同じように聖霊を受けたからには…」

皆さん、お元気ですか? 台風や大地震が続いて大変ですよね。改めて地球という惑星は生きているのみか、人間の所有物ではないんだなぁ!!と思い知らされますね。

今日は7月15日の礼拝で語られた聖書メッセージから恵みを分ち合いましょう。

この人達が私達と同じように聖霊を受けたからには、彼らに水でバプテスマを授けるのを誰が拒み得ようか」。

使徒行伝10:47-48


1.洗礼を受ける条件。

 水のバプテスマとは洗礼のことです。ある人は洗礼は単なる儀式だと言って重要視しません。洗礼の目的

何でしょう? 聖書によると「罪の赦しを戴くため」だよってハッキリ教えられています(使2:38)。なのに、なぜ?洗礼を軽んじるかのように言う人がいるのでしょうか?それには理由があります。一つは人は本当に心から神を信じることができるのか?口先だけではないのか?という自戒を含んだ疑いでしょう。二つ目は、使徒パウロも、洗礼を軽んじているじゃないか?と思えるというのです(1コリント1:13)。

パウロ先生が洗礼を軽んじるように言っているのは、当時、コリントの教会では分裂が盛んだったからです。

ある人はパウロファン、またペテロファン、アポロファン、キリストファンなどでした。誰から洗礼を受けたのかは当時話題になっていたようです。だからパウロは強調します。「パウロがあなたがたのために十字架にかかったのか?…」大切なのは、自分の罪のために十字架にかかって死んで復活して下さった御方は誰か?です。

現代でも同じように、「わたしは~先生から洗礼を受けました」という人がいることは残念です。


2.なぜ、父・子・聖霊の名による洗礼になったのか

 父も聖霊も十字架にかかっておられたせん。十字架で人間のために死んで下さったのはイエス様です。

じゃ、なぜイエス様はマタイによる福音書で「父・子・聖霊の名によって洗礼を…」(28:19)言われたのでしょう?

聖書時代の終わり頃に、主なる神の神聖さを強調するがあまり、「イエス様は神様なので、その肉体は私達の肉体とは違う特殊な肉体だった…」等という人々が現われてきたのです。最後まで生き残った使徒のヨハネは、

これに対して説明したのが「1ヨハネの手紙」です。彼は言いました「初めからあったもの、私達が聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち永遠の命の言葉について…」(1:1-2)

イエス・キリストは本当の神か否か?本当なら、その肉体は普通の肉体と違っていた筈だ…と言ったのです。

これが論争となって、使徒の死後に教会会議が開かれました。ここから父子聖霊による洗礼が始まりました。

それじゃ、なぜ、イエス様ご自身が父と子と聖霊の名によって洗礼をと言われたのでしょう?そしてなぜ?使徒ペテロは「イエス・キリストの名によって洗礼を受けなさい」と言ったのでしょう。ペテロは主に逆らったのか?

そもそも、これを比べること事体が無意味なのです。なぜかというに、全く別な事を言おうとしているからです。

「~名によって」の二つのよって」という聖書の原語は別な単語で、イエス様は「~の中へ」と、目的を意味しているのに対して、ペテロは「~の土台に立って」と理由や根拠を意味してしているからです。イエス様が十字架にかかって死んで復活された事実の上に立って洗礼を受けるのです。そして父と子との聖霊による聖交流の中に

私達人間も入れて戴く目標にいたるのです。なぜなら、この交流こそ、「永遠の命」だからです。

現在、私達は「イエスの名による」も「父と子と聖霊の名による」も差別しません。イエス・キリストが自分の罪のために十字架で死んで復活して下さったことを信じ、父と子との聖霊による交わりに喜んで加わっておられる

なら根拠も目的も、とりあえず達しているからです。


3.コルネリオの家に集まった人々に起ったこと。

 洗礼は、本人の信仰告白と牧師や神父とで行うものですが、初めにあげましたように、その当人が本当に心から信じ、罪を悔い改めているかどうかは人には分かりません。本人も、そのつもりだけかも知れませんね?

勿論、牧師や神父は、当人の告白を疑うことはしません。しかし、真相は神のみぞ知るということですよね。

しかし、ここでコルネリオの家に集まった人々は、洗礼を受ける前に聖霊のバプテスマを受けてしまいました。

ペテロがこれを確認し、聖書に記録されたのです。ペテロは言いました「この人たちが私たちと同じように聖霊を受けたからには、彼らに洗礼を授けるのを誰が拒み得ようか」(使徒10:47)。


この事実は、コルネリオの家に集まった人たちも、そこに同席したユダヤ人達も、誰も予想だにしなかったことでした。こうして、2000年ほど前にキリスト教会は始まったのですが、今も、この約束は生きているのです。

☆心からイエス・キリスト様を信じて、本心から罪を悔い改めて聖霊のバプテスマを求めましょう。


本当にイエス・キリスト様が今も生きておられる神なら、わたしも信じて救われたい!と言われる方があれば、

ご連絡ください。また、ご質問やご相談ごとがあればご連絡ください。

 姫路シャローム教会(姫路市北平野) TEL079-222-7531.