私の両親は厳しいです。
小さい頃はすごい英才教育でした。
幼稚園の頃には
漢字もすこし書けるし、分数の計算まではできるようになってました。
ピアノの練習を怠ればビンタされたし、
小学校1年生で、分数の割り算が分からないというと
「おまえはバカか、信じられないと」怒られました。
「私はバカなんだ」と思って生きてきました。
私の姉は人格障害です。
他にもたくさん病名がついてます。
生まれつき脳が発達してないのかなんなのか、とにかく理性がないというかなんというか
コミュニケーションが取れません。
私は生まれたときから、姉にいじめられて育ちました。
「いじめ」という程度ではないと思う。
「虐待」の域だと思う。
自分に不都合がおきると
私が悪いのではないのに何時間も罵られるし、ひどいときには殴る蹴るでした。
物心ついたときからそうだったので、
どの家庭も、親と姉には絶対服従、末っ子は奴隷も当然なのだと思って過ごしてきました。
姉からも「お前はバカだ」と言われて育ったので、私は本当に自分はダメな人間なのだと思っていました。
姉は見た目 普通です。
1歳からペラペラしゃべり、3歳から自転車を乗り回し、
異様なまでに頭が良かった。
天才が生まれたと、親戚中チヤホヤして育てた。
ところが、他のところが育たなかった。
中学校から人とコミュニケーションが取れないことが浮き彫りになり、
ようやく両親がおかしいと気づきました。
私が中学校に入った頃に、
「ピピはお姉ちゃんが変わっとるって気づいとった?」と聞かれました。
「気づいてなかったん?」と言った。
その時 親に、姉から受けてきたことを話しました。
親は知らなかった。
家に帰ってからも仕事をしていて、私はほっとかされて育ったから、
いじめられてることに気づいてもらってなかった。
私がテストで100点をとったり、運動会で1位をとったり、
そんなとき、それは口に出してはいけないルールになっていました。
姉が暴れるから。
私によいことが起きると、嫉妬で姉は暴れます。
私立の進学校の中学受験に合格した時はとんでもなく暴れました。
だから普通の公立高校へ行きました。
私は中学生の時、みんなの家庭と私の家庭が少し違うことに気づいてきました。
私は、嬉しいときに喜ぶと「自慢か」と姉に殴られる、
悲しいときに悲しいというと「被害妄想、人から同情を買おうとする最低の人間だ」と怒られました。
だから、中学校にはいってから、
私は感情をいっさい出さないサイボーグになろうと思いました。
感情が人にバレたら、私のような人間は何を言われるか分からない、と毎日怖かった。
でも私がサイボーグになることで、お姉ちゃんは暴れない。
家族が安心して過ごせるんだと思った。
私は完全にゆがんだ性格になった。
でも自分を犠牲にして、私はなんてすばらしい人間だと勘違いしていた。
中学では人との接し方が全く分からなかった。
私がゆがんだ性格に気づいたのは、私に付けられたあだ名だった。
「冷血女」と言われていた。
知らなかった。
私は家族のために感情を押し殺して すごく優しい人間だと思っていたのに、
周りからは「笑わない、冷たい」と言われていた。
驚いた。
そして、また性格がゆがんだ。
今度は「笑えばいいんだ」と思った。
辛くても悲しくても、笑えばいいんだと思いこんでしまった。
高校生になってからは、とにかく笑った、これでもかというくらい笑った。
ありがたいことに友達がたくさんできた。
ビックリするくらいできた。
「私はバカで、天真爛漫の明るい人間です」というフリをしていれば友達もできる。
笑っていれば何とかなると思った。
それが今でも私を苦しめています。
辛いときに「ぜんぜん大丈夫ですよ~」
「大丈夫です、そんなのぜんぜん気にしてませんよ~」
と言ってしまう。
辛いことを冗談にして笑ってしまう。
一番肝心な
「私、今 死にそうに辛い」ということは、
今でも上手に人に言えません。
だからブログがとてもありがたい。