秘話というほどの面白い話はあまりないのですが、自分の記録までに。

 大枠のことは「執筆振り返り」の記事で書いたのですが、もう少し具体的で事細かなことを思い出します。一人のアマチュア漫画家が一本の作品を描くまでにどういう道筋を辿ったのか…という史料にでもなれば幸いです。

 

2025年11月

 この時はまだ、前作の「TH夢の跡」を執筆しているところでした。前から薄々とは「BL漫画も一本ぐらいは描かないとな」という意識はありました。そこで、漫画投稿サイトであるアルファポリスのBL大賞が11月に開催されているのを見て、より一層描きたい思いが大きくなったのです。「来年の大賞に何か出そうかな」と。

 ところで、知ってる人は知っているように、特にノミルのキャラ造形については、ゼロから湧いて出たものではなく、何年も前から自分の中に原型がありました。「樹木の精霊トレント」というモチーフが。そこで、その元からあったキャラのアイデアで、BL漫画に挑もうと思いついたわけです。

 

2015年8月――

 もののついでにもっともっと遡って、私が「樹木」というモチーフに惹かれ続けた源を辿ると。

 私が大学生の時、真宗本廟の子ども奉仕団の引率スタッフとしての仕事をした時の経験でした。同じ年頃の若い僧侶達が知恵を寄せ合って、奉仕団(分かりやすくいえば、夏休みのお寺お泊り会)にやってくる小学生達と楽しむイベントを考えたわけです。

 他のスタッフの発案で、「樹を作る」という遊びが行われました。段ボールやペットボトルをたくさん組み合わせて、まだ建て替える前に同朋会館のロビーに、それはそれは大きな樹の工作を皆で作ったのです。その一連で、広い境内地の中、あちこちに生えている樹を子ども達と見て回って……なんだっけな、自分のお気に入りを見つけるんだったか、スタッフがあらかじめ仕込んだ宝物を探そうというゲームだったのか、細部は忘れましたが。

 樹は、そこに種を落とせばそこで生きることしかできません。自分で選ぶことのできない土壌の上で、しかし最大限の養分を吸うために根を地中に伸ばし、そして太陽の光を求めて空に枝葉を伸ばす。自分には選ぶことのできない生き方の中で、それでも力いっぱいを生きる……そんな植物の姿を、仏教の死生観に重ねて、子ども達に仏様の教えに触れてもらおう、みたいな、話だったと思います。

 仏教の死生観を語り始めるとこりゃまた長くなりますが、とにかく、私たちは自分の意思で判断をしながら生きているようで、その実、自分の思いではどうにもできない環境の中で生かされています。それを私たちは、酸いも甘いも、「ご縁」という言葉で呼んできました。

 生物としては全然違うもののように見えて、その命のあり方の根本は人も草木も同じです。植物の生き方は、そのことを――私たちの命の小ささと、それでも尊い一粒のきらめきを――教えてくれる。思い出させてくれる。そんなものを感じました。

 

 そのインスピレーションから、私が子どもの頃から親しんできたゲームでたびたびモチーフとされる北欧神話の世界樹が結びつき、もののついでに昔から大好きな金髪ロン毛エルフ耳中性的イケメンとが組み合わさって、トレントというキャラの土台ができました。急に低俗になるな!

 このトレントの原型の時点で、体臭が蜜のように甘い香りがし、死者の霊魂と交信する能力を持ち、その魔物たる能力を発動する際に目が黒くなるところまで決まってました。このキャラを使ってBL漫画を描こう!

 

2025年の話に戻る

 最初にパッと浮かんだのは、漫画のワンシーンです。トレントの精霊が、樹を切られることによって死んでしまうのですが、それを人間が見て愕然とする、というワンシーンでした。ハルノミのほんとに最後の最後。あのワンシーンを描くためにあちこちへと枝葉を広げたのがこの作品です。

 なんかこう、死に別れるんだけど、本人の死体を見るのではなく、樹が切られているところを見て直感的に、「ああ、お前は樹だったのか……」みたいに悟るのがエモいと思って。

 

 新しい話を考え始める時、私はとにかく脳みその中身を文字にするということをします。後から整理して整えるのですが、最初はわりと支離滅裂。本作の場合は簡単な小説と奇っ怪なポエムを書いたものが残っています。

 そこは、多くの精霊に守られる里と伝わっていた。
 その樹は、里の外れの森に種を落とした。悪戯な鳥が運んできたのだろう。
 種は、つよい、強い力を持っていた。その力でもってその森を食い尽くし、いつかは巨大樹へと成る夢を見ていた。
 ――なぜ? 理由なんてない。この世に生を受けたのなら、それが然るべき使命だった。それ以外には、何もなかった。

 “彼”は、その里で一番偉い男の元に生まれた。双子の兄と一緒に、母の胎内から抜け出した。
「……ふたりで入るには、狭い場所だった……」
 言葉を喋るようになってから、兄はそう零していた。そして空を見上げて、同じように言った。
「狭い空だ……」
 里の周りは背の高い木に覆われていた。里の中に清らかな水が湧き出し、畑には豊かな果実が実っていた。里の外に出る必要なんて、ひとつもなかった。……狭い空だった。
 巡る年を6つだけ数えて、兄は世を去った。生まれた時から体が弱かった。ふたりで育つには、狭い命だったのだろう。

 彼はいつまでも、兄の青白い顔を忘れられないでいた。兄はどこへ行ったのだろう? そのことばかり考えていた。
 この狭い空から抜け出して、違う世界へ行ったのだろうか。そこは、広々とした場所だろうか。
 向こうまでを見渡すこともできない水たまり、太陽の寝床、岩になった巨人の拳がある場所だろうか。
「僕も“外の世界”に行きたいのかな」
 彼はそう独りごちっていた。
「兄さんに、会いたいのかな」
 それすら、自分でも分からないでいた。
 ただ、ずっとずっと不思議で、ずっとずっと、考えていた。

 ある日、森の中で。
 彼は、美しい精霊と出会った。
 “それ”を見た時、彼は……思った。兄が生きていたのではないかと。
 兄さん、と言葉をかけようとすら思った。その時確かに、境界線が、分からなくなっていた。
 里の人とは、違う形をしていた。
「……誰」
「旅を……してきた者です。この森はとても素敵な場所ですね……」
「旅? 旅って……よその土地から来たのか?」
「はい……しばらく、ここにいてもいいでしょうか?」
「よそ者は里には入れないよ。何か特段の理由とか事情があれば、別だけど」
「この場所がとても気に入ったんです。ここにいたい。それではだめですか?」
「長に聞いてみないと……。でも、気に入ったからってだけじゃあ無理だろうね」
 そう答えると、旅人はしゅんと目を伏せた。……このまま、来た道を引き返して森の中に消えてしまうのだろうか。
 彼は思わず、言葉を付け足した。
「どうしても里に入りたいのなら」
 そう言うと、旅人の綺麗な瞳が彼の方をぱっと見つめた。……その瞳に、吸い込まれるような気がした。
「俺の言う事を聞くなら、入れてやらんでもない」
 里の長は彼の父親で、彼は次期の首長として里の者に厚く扱われていた。多少のわがままや勝手も効くだろうと、そう思ったのだ。
「あなたの言う事、とは? 私に何かできることがありますか」
 彼はそう問い返されて、一時だけ言葉を詰まらせた。……この者に何を願うのか、自分でも分かっていなかった。それなのに、引き止めていた。
 ――なぜ? 考える間もなく、彼はすぐに返事をした。
「旅をしてきたってことは、里の外のことをいろいろと知っているだろう。……外の世界の話を聞かせてほしい」
 旅人も、一瞬だけ不思議そうに目を瞬かせて、やがて薄く微笑みながら頷いた。
「そんな大層な話はできないかもしれませんが……」
「とにかく、里に入りたいなら俺についてこい。俺は里の長の息子だ、話を通してやるから」
「ありがとうございます」
「里にいる間はちゃんと俺の言う事を聞けよ」
「分かりました。よろしくお願いします」
 そう話は決まって、旅人は里の中へと足を踏み入れた。

ふわふわストーミング。
閉鎖的な森の集落の若とエルフのBL。
その樹は、死者の国と生者の国を繋ぐ橋。種は偶然的に落とされ、そこに根を張り、人々を食らって眷属とする。食われた人間達は自我を失い、世界の秩序を守り満たすための従順な使いとなる。それは必ずしも幸福なことでも、不幸なことでもない。
樹の使いは、死者の国の門番となる。死者の蘇生を防ぎ、生者の迷道を導く。そうして世界の生死の秩序は保たれた。やがて全ての使いは次第に力を失い、空気の中へと溶けていく。個を失い、繋がり合って溶け合って、ゆるく薄く世界に満ち、――時に、なにかのはずみで光を起こすこともあるだろう。
生者の葛藤。未知なるものへの純粋な恐怖。単なる拒絶、崇拝による隔離、時に争い。人と霊との戦いの結末は、より多層で複雑な世界を形作っていく。人の敗北による霊化、あるいは霊の敗北による混沌の継続、あるいは、和解、柔和、それによって初めて作られる歴史は、千差万別であり。時が重なるごとに増していく事象は、全てがそれぞれにユニークだ。
これは、そのうちの一つの物語にすぎない。

 ……今読み返すと、原型からほとんど変わってないんですね、この話。

 

2025年12月

 ポエムを少しだけ温めてから、ストーリーにするためのプロットを書きました。全く難産になることはなく、一発目で書いたそばから「これは名作だー!」というノリでした。

 プロットはもう一発で決めてしまって、すぐにメインキャラクターの草案を描きました。我ながら芸術家肌でしてね、一度火がつくと猪突猛進に制作を進めます。

 ハルンとノミルの初期案の絵はこんな感じです。

 実は、最初は和風舞台ではありませんでした。西洋人とは違う民族っぽさ(どちらかというと大陸アジア)を出そうとはしたのですが、もっとファンタジー味が強い想定でしたね。

 ノミルはあまり変わってませんが……前髪の形が変わりましたね。フサフサしてたほうが描きやすいな……と後からなって変わったのでした。

 しかしこの時描きかけのTH夢の跡を、せめてキリがいいところまでは描いてからにしよう、と思って、ちょうど年末だったものですから、キリよく2026年になってから本腰入れて制作するぞ、と決意。目標はアルファポリスの2026年BL大賞へのエントリー!

 

2026年1月

 2026年は漫画アシスタントデビューも目指したものですから、年始はひとまずそのポートフォリオ作成に取り掛かりました。その傍らで、ハルノミの案も少しずつ詰めながら。

 この頃、早くも舞台設定をエスニックファンタジーから和風ファンタジーへ路線変更。その理由をぶっちゃけて言ってしまえば、舞台設定を作る際の資料集めが日本モデルの方が簡単だったからです。なんせ日本語しか読めない日本人なもんで、母国の文化の方が手軽な資料が多くてね。

 本作はサーシェなどとは違ってバトルモノでもなく、「里の人々の暮らし」を描きたかったので、舞台設定の作りには当社比なるべく力を割きたかったのです。そういうことはあまり慣れないのですが、少しでも自分がやりやすいようにと、風俗文化の資料を集めやすい日本モデルの山里にすることにしました。

 しかし完全に日本にしてしまうのもなんか、狙った味とは違うくなりそうと思ったので、カタカナの名前や羽根飾り、入れ墨などは生かしました。それから、作中の農業に稲作が出てこないのも、「まんま日本」感を避けるためだったりします。

 結果的にもともと想定していたエスニックに和風が混じり、複数の人から「アイヌがモデルだね」と指摘を受けることもありました。アイヌの民族文化も私は昔から好きなので、無意識的に惹かれた面はあったかもしれませんが、実は最初からアイヌを狙ってモデルにしたわけではなかったりします笑。

 まあ、結果的に豊かな自然や生命の巡りをテーマにする時、日本という島国は非常に適した舞台ですし、洋風な見た目をしているノミルとの対比が際立って、結果的に和風にしてめっちゃ良かったと思ってます。

 

 そしてこの頃、ハルンとノミル以外のキャラクターの案を出しました。

 マシャは大して変わらず。

 イタ婆は……タレ目キャラが飽和ぎみだったのでツリ目にしたぐらいのデザイン変化。

 この時はまだルノフに名前がなかった。ニナの髪型が違った。そしてリイナさんは案の時点ではいなかった。

 実はリイナさんは2話のネームを描く段階で初めて作ったんですよね。

 

 もろもろの準備を終え、ポートフォリオも一端満足した1月下旬、いよいよネームに取り掛かります。

 本当なら全ページのネームを描いてから作画に取り掛かった方が良かったんですけど、ネーム作業が嫌すぎて嫌すぎて200ページもいっぺんにやる気になれなくて、1話(45ページ分)のネームだけを纏めて描きました。これがだいたい1月いっぱいの作業。

 

2月

 ネームを描いた後に、舞台設定を詰めるための資料の読み込み期間を持ちました。いやネーム描く前に読めよ。本当やりたいことから行き当たりばったりなんだから。

 中旬頃からようやく、待ちに待った作画作業。やっぱこれが一番楽しいですね。この頃はまだマンガ・イラスト教室egacoに通っていたので、完成したそばから先生に添削をしてもらい、修正をしながら進めていました。

 45ページを3分割し、1分割描くごとにアルファポリスにさっさと投稿。ですのでハルノミの連載が始まったのは2月16日でしたね。

 

3月

 45ページ分の第一話を、2月中旬から描き始めて、描き終えたのが3月20日。

 そこで描き溜めていたネームは尽きてしまったので、3月の後半は第二話のネームに取り掛かり、ここで参考資料本を加えたので一週間ほど読書集中期間があったような気がします。

 3月中に第二話のネーム55ページを描き、egaco最後のレッスンで見ていただいたのを印象深く覚えています。

 アシスタントの仕事を無事得られたので、egacoは3月いっぱいで退会しました。最後ぐらいはと思って、お世話になった先生に、アルファポリスのBL大賞に応募するため秋には完成させるつもりですので、良かったら見てください、と言い残しました(egacoの教室のルールでは、講師、生徒間の作家活動の宣伝が制限されているのであまり深く伝えることはありませんでした)。……先生、完結いたしましたのよ。見てくださってましたでしょうか?

 

4月

 第二話の作画をごりごり進めていたわけですが、この頃、Discordでの作業通話に入るようになった、という変化がありました。妙に居心地のいいお絵描きサーバーを見つけてしまったもので。そこで交流のあった方々から漫画制作を応援していただいて、めちゃくちゃ励みになったことは書き記しておきたいです。

 

5月

 中旬頃、第二話の作画が終わる。第一話と第二話、合わせてちょうど100ページに到達しました。

 さて次は第三話のネームを描くぞ、なんですが、いい加減全体のページ数が分からないまま進めるのが不安になってきて、第三話と第四話のネームは、この時に合わせて一気に描きました。

 最終話の最後のページまでネームを描き切ると、一気に完成までの実感が強まり、モチベが爆上がり。同時に、最初はアルポリの大賞のことしか考えてなかったのですが、コミティア等イベントには出張編集部がくるという話を聞き、10月の関西コミティアに間に合わせられないか? という野望を見て更にやる気を燃やす。(ちなみに出張編集部は目当てですが、サークル参加して売るということにはあまり興味が出なかったので申し込んではいない……)

 ともかく燃料を追加し、第三話と第四話のネーム合わせて140ページあまりを描き終わった5月終盤から、お待ちかね100%のパワーを注いだ執筆が始まります。

 

6月~8月

 そういうわけで、それまで平均すると月に20~30ページぐらいのペースで進めていたのが、6月から一ヶ月に40ページを超える成果を弾き出します。モウ猛烈! あとは描くだけ! 一心不乱! 立ち止まんなよ! 白目! みたいな感じ。

 寝ても覚めても、仕事疲れの日も休日もひたすらペンタブにかじりついた3ヶ月!

 

9月

 BL大賞の開催は11月だし、関西コミティアは10月中旬だというのに、やる気を出しすぎて、めっちゃ前倒しの9月上旬に完結しました。おつかれおめでとう!!

 

 その後は、もう一心不乱に執筆した反動で完全にだらけきってるナウ、です。ともかく忘れない内に……とこの記事を書いている次第。

 完成作品となったハルノミはこの後もじわじわと展開を広げていきたいとは考えています。ひとまずは振り返りまでに!