この方のこの記事 に、どんぴしゃ。
毎度毎度、ええタイミングで記事を頂きます。

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てな、わけで。
お題目:共依存の結託に心を明け渡さない。
古典韓非子に「あなたの子供が人を殺した」と聞いた母親が、
そんなことがあるはずがないと鼻で笑い飛ばすという話がある。
ところがまた別の人がやってきて「あなたの子供が人を殺した」と言う。
胸騒ぎがするが、まさかそんなと取り合わない。
そこに別の人がやってきて「あなたの子供が人を殺した」と言う。
いても立ってもいられなく家を飛び出した、と書かれている。
心理学の実験で、誰でも解ける簡単な問題を4択で選ばせる。
被験者は4人で、うち3人がサクラ。
あまりに簡単な答えを解いた後、他の3人の答えを見ると
どう考えても間違っているだろ!という答えが提示される。
本当の被験者は正しい答えをすてて、間違った答えに替えるということがよく起こる。
多数の人の声。
多回数の声。
に、人はだまされる。
だまされてはいけない。
都合が悪い物事が起こったときに、
その都合の悪い物事をなんとしても回避しようとする心理が、人間には必ずある。
そして乱暴に分けると、
そういう都合の悪いことが起こらないようにしようとする人と
そういう都合の悪いことを早く処理しよう、元の状態に戻せばいいとする人に
それぞれ分かれる。
数で言うと圧倒的に後者の方が多い。
イヤなことに目をつむり、イヤなことを生み出すヤツが悪い、という考え方に通ずる。
都合が悪いことが起こらないようにする人は、
都合が悪いことが起こらないように、内省したり、行動に変化をつけたり、
コミュニケーションを変えたり、自分ができることを、できるように精一杯やろうとする。
その時点で都合が悪いことを見たくない人は、何もしない。
むしろあらかじめ動いている都合が悪いことが起こらないようにする人をうとましく思ったりする。
そして都合の悪いことはほぼ必ず起こる。
理由は簡単で、人と人の集まりで何が起こるのか?の要素は、
自分の努力だけで解決はできないから、物事を避けている人がいる・・・半分以上いるというだけで、
都合の悪いことは必ず起こる。
都合が悪いことが起こらないようにする人は、それまでの努力がムダになるが、その物事に向き合うことを既に知っているので、さらに取り組もうとする。
都合が悪いことを見たくない人はこんな都合の悪いことが起こることは気に入らない、今まで平和だったのに、こんなことが起こっているのは何か原因があるはずだ!と、
犯人探しをしはじめる。
思い出してほしいのだけど、都合が悪いことが起こらないようにする人よりも、都合が悪いことを見たくない人の方が数が多い。
都合が悪いことを見たくない人は、平和を侵された怒りと不安で都合が悪いことが起こらないようにする人をスケープゴートにする。
今までと違うことをしているのが都合が悪いことが起こらないようにする人であり、こんなに平和を取り戻したい多くの人と意見の違うことを言っているのが都合が悪いことが起こらないようにする人だから。
犯人確定である。
物事を良くしようと思っている我々が悪いはずはない。
からスタートして、
犯人を仕上げることで責任転嫁し、自分たちを正当化する道筋を立てる。
メンバーの中には強い人も弱い人もいるから、その現れはいろいろで
犯人を攻撃して怒る人もいれば、
犯人にすがって悲しみを押し付け妥協を迫る人もいる。
犯人を説得して仲間に入れようとする人もいるし、
犯人を精神異常者だとして吊るし上げようとする人もいる。
犯人を見捨てるように促す人も入れば、
犯人をさらし者にして見せびらかそうとする人もいる。
村八分の文化である。
そういう共依存の結託が、悲しいことに起こってしまうことがある。
最初の例で書いたようなことが起こるので、もっと悲しいことは
「自分が間違っている、悪いんじゃないだろうか?」と当の本人が思ってしまうことにある。
間違っているわけがない。
むしろ相手たち全員が間違っている、ということがある。
そこで自分に原因と理由を求めてしまうと、必ず暗礁に乗り上げる。
何も解決しないばかりか、暗闇をさまよい歩くことになる。
こういうことを避けるためには、自分の中の中心軸を明確にしておく必要があるし(何が起こっても軸をぶらさないという意味で)自分に原因があるのではなく、相手たちに根本的原因があり、そやつらは共依存の結託で責任転嫁と正当化をしていると知る必要がある。
そして、そういう共依存コミュニティからは手を切るしか、方法はない。
なんとかしようとしてもムダ。
共依存の結託を甘く見てはいけない。
向き合っても向き合っても、闇の中で血反吐を吐いて進んでいるようなもので、いつの日か光の出口が見える日などやってくるわけない。
共依存コミュニティの連鎖は、断ち切るしかない。
誤った現実、人間の尊厳を奪う群集心理などなどは、そこに向き合っても解決しない。
新しい、成り代わる素晴らしい何かを発展させ、共依存の結託が古く、無価値でみずぼらしく、守る意味がないとこまで持って行かなければ成功しない。
そこに縛られている人は、共依存の結託コミュニティを抜け出して、
自分の価値をフル発揮して、幸せで成功している自分を作る。
そういう自分と共同する人を見つけ、素晴らしいものを発展させ、
強みの共同や自己組織化の力を使って、本当に本当のものを見いだす。
その時はじめて、古くさいものは価値を失って自然消滅する。
逃げては行けない、なんていう無責任で人の気持ちを図らない苦行の言葉に流されない。
向き合うべきものと向き合ってはいけないものを混同しない。
衰退する国を、沈み行く船を救うことは決してできない。
変えることもできない。
自分で、自分の素と資質を生かし、尊厳を守り、人生を作ることが、
自分として生まれてきて行うべき最大のことなのだから。
その自立と尊厳を止めることは共依存の結託には決してできない