伝統こそ新しい-河田勝彦著
オーボンヴュータン 河田勝彦氏の 「伝統(ベーシック)こそ新しい」 を読みました。
帯には
「オーボンヴュータンのパティシエ魂」
「伝説の職人が初めて語る、11のフランス菓子と人生の物語」
「おいしいものは複雑ではない」
とあります。
フレジィエやボンボン・ショコラ、コンフィチュールなど、河田氏にとって思い入れの深いお菓子とともに、氏の生い立ちからフランス修行時代、かわた菓子研究所の立ち上げからオーボンヴュータンの開店、そして現在に至るまでの様々なエピソードが語られています。
今でこそ、「日本のフランス菓子会の重鎮」や「伝説の職人」という呼ばれ方をしてる河田氏ですが、そのスタートは決して順風満帆ではなかった。始めは料理人を志すも、瘭疽にかかり心が折れてしまったこと。その後20歳を過ぎて米津風月堂で働き始めてまもなく、会社が倒産。フランス語なんか全くしゃべれないのに、憧れと夢を抱いて単身渡仏、大使館の人に「無謀だ」と怒られる・・・。
その後、「シダ」という店を皮切りに、10年に渡って様々な店を渡り歩いたそうです。仕事を覚える要領は人一倍いいけれど、自分の信念に外れたことには頑として従わない。不器用に、悩み迷いながら歩む日々に、とても人間臭さを感じます。
10年間に及ぶフランス滞在のうち、実質働いていたのは6年間だったといいます。あとの4年は何をしてたかっていうと、ひたすら伝統菓子の研究。どこかに勤めては休み、自転車で地方菓子を求めて放浪し、ある時は部屋にこもってフランス菓子の古書を読みあさり、お金がなくなるとパン屋でアルバイトをしたり、ぶどう刈りをする。ある時は古書に書かれた当時まだ当のフランス人でさえ知らなかった古い地方菓子を求めて名もない田舎の菓子屋を訪ね歩く…。
伝統とは、歴史と大地、そしてそこに生きてきた人が作ったもの。
古きものの中に新しさを求める姿は、まさしく文化の開拓者だと思います。
「菓子作りでなら一番になれるかもしれない」
という思いが、氏を菓子の道、そしてフランスへと駆り立て、
それはやがて
「おいしいものをどうやって食べさせてあげようか」
という思いと共に氏の作る菓子に結実されていきます。
最終的に「パリ ヒルトン」でのシェフ・ドゥ・パティシエを勤め、帰国を決意した河田氏。すぐには店舗を持てず、ほぼ無一文の状態からスタートした「かわた菓子研究所」の頃は、作ったお菓子をダンボールに詰めて、風呂敷で包んで、満員電車で冷たい視線を浴びながら届け先に自ら運んでいたそう。
銀行を説き伏せ、一億の借金をして始めたオーボンヴュータン。
当時、日本でもてはやされてたのは「やわらかい」「まろやか」「ふんわり」っていう味や食感だっただろうから、なかなか受け入れられなかった。作ったお菓子を毎日捨ててたなんて、想像できない!
それでも、
「習ったようにやるだけだ」
と観念したといいます。
ただ、自分がおいしいと思うものを、信じて作る。
「自分の選んだ道が正しかったかどうかはわからない」
けれど、
「自分が選んだ道を正しいと肯定する努力をし、仕事の中で表現していくだけ」だという河田氏の言葉に、氏の作るお菓子の深く優しい味を思い返しました。河田のおっちゃんのお菓子はほんとうにいつ食べてもおいしい。そう感じている人がたくさんいることが、答えなんだと思いました。
そして、今のオーボンビュータン。
毎日、おいしいお菓子を求めてたくさんの人が訪れます。
世間の評判や、時代の流行りなんて関係ないのです。
まさに、「ベーシックで、安心で、おいしい」。
「一芸万法に通ず」。
氏が愛読されたという、吉川英治の「宮本武蔵」にも、この言葉がありましたが、どんな世界でも一つの道を極めればその極意は全てに通じるのだと思います。河田氏の語る言葉の随所に、決してパティシエの世界に留まらない、あらゆる職業に通じる極意があるように感じました。
自らの信念を貫く熱い生き様はかっこいい。
知らなくても、もちろんおいしい。
知ったらもっと感動する。
そんな一冊でした。
「伝統こそ新しい」
河田勝彦著
朝日新聞出版
定価 1600円+税