手術室はスタッフが育つまでに時間がかかる部署でした。

私のいた病院は整形外科、消化器外科、心臓外科、眼科の手術を行っていたので、

それぞれの手術の術式、機械、流れ、必要物品などを覚えるのは2年前後はかかりました。

病棟であれば3か月くらい日勤をしたら夜勤を始めて、みたいな感じになると思うのですが、

手術室は、整形外科の簡単な手術から入り、外科の手術、腹腔鏡の手術、心臓外科の手術、眼科の手術と覚えることが多く、変則勤務に入るのも半年くらいしてからが普通でした。

ですので、手術室のスタッフが一人減るということは、また一人教育していかなければならず、その教育に時間がかかるのでなかなか異動が出来ませんでした。

 

ですので、私より早く「病棟に行きたい」という先輩方も多かったし、

私がその先輩方を差し置いて病棟に行くということはなかなかあり得ない話でした。

 

かといって、違う病院に行こうかという考えも浮かびませんでした。

 

また1から始めるのは不安もあったからです。

また自分は仕事ができないと思っていたので、

ほかの病院に行く自信がなく、怖かったというのもあります。

 

そんな青年海外協力隊の結果を待っていた時、恩人に出会います。

その人は私の今の状態や過去の話、家の事情まで全部聞いて受け入れてくれました。

そしていろんな人を紹介してくれ、

私の家系や私自身のそれまでの人生を全部聞き出してくれ、

客観視させてくれ、

自分が今持っている問題が何で、

それがどこにあり、

どうしてそうなったのか一緒に考えてくれ、

提案してくれ、

導いてくれました。

 

それが私が以前恨みまで持ってしまっていた「信仰の道」でした。

 

幼少のころから天理教の信仰があった我が家は

朝晩祈祷(瞑想?)の時間がありましたし、

毎月1回教会でお勤めというキリスト教で言ったら聖歌に合わせて庶民の日本舞踊のような踊りをしたり、講和を聞くという日がありましたし、

日曜には礼拝はありませんでしたが、参拝に必ず教会に通っていました。


それでも両親が喧嘩したり、愚痴を言い合ったり、

祖父が祖母や父や母を怒鳴りつけたり、

私も自身の問題が解決できなかったりで

「信仰してもいいことない」 と思っていました。

 

いじめられてた時も

「おまえのうちは宗教やってんだな。宗教は心の弱い奴がやるもんだ」

とけなされたこともあり、

「宗教は弱いものがやるもの」という思いも少なからずありました。

 

でも実は私がぐれてもおかしくないような環境に置かれても

変な道にそれたりしてこなかったのは

信仰のおかげだったと気づきました。

 

神様なんていないと思いながら神様を求めている自分がいたことにも気づきました。

 

試練も神様の愛だということも学びました。

 

 

foodprintという詩人不明の詩のなかでも

 

私が歩いてきた道を振り返ると私と神様の足跡が残っていた。

でも一番苦しかった時、足跡は一つしかなかった。

そこで私は神様に「一番苦しいときどこにおられたのですか?」と尋ねると

「おまえをおぶって歩いていた」と答えられました。

 

みたいな内容の詩があるのですが

(私の記憶なのでちゃんとした文章ではありません、すいません)

そうか、私が傷ついてる時、自分の苦しみしか見えなかったけど

そんな環境に置かざるを得なかった神様がもっと涙しておられたのかもしれないな

と思いました。

 

「されて嫌なことはほかの人にもしちゃだめ」という教えも

「やり返せばよかった」と成人してから後悔したこともありましたが、

傷つけて傷つくより良かったかもと思うようになりました。

 

そんなわけでいやいやながらも神様の話を聞いて育ってきた私にとって

自分が通ってきた道も間違いではなかったんだと思えるようになりました。

 

と同時に、本当の「罪」が何か知るようになり、

自分が気づかないうちに犯している罪にも気づくようになりました。

 

無知も罪であることを知りました。

今まで人類も

外的無知は「科学」で、

内的無知は「宗教」で

解決しようと努力してきたことも知りました。

 

信仰の世界はあまりにも深く、いまだに私は深く信仰したいと思いながらも

ほかの人にどう思われるだろうか、

日本という国自体が宗教を怪しいと思っている

(いじめられた原因の一つに天理教の信仰もあったので、身をもって日本の信仰に対する警戒心、猜疑心、怪しい、弱いものがすがる場所だという認識があることは痛いほど実感していました)

自分も怪しまれるのではないか、

誤解されるのでは

などという思いがあり、今もあまりネット上では聞かれない限り伝えないようにしています。

 

嘘は苦手なので聞かれたら答えちゃいますけどね。

 

 

でも正直言って私にとって信仰は生命線であり、重要視しているものです。

とは言えなかなか信仰生活は送れていないのですが^^;

 

話がだいぶそれましたが、

仕事を辞めて青年海外協力隊に行こうと思っていた私でしたが、

それもかなわなくなりました。

 

でも信仰に出会った私は看護師を辞め、信仰の世界に入ることを決意します。

 

そして2年間の教会生活の後、教会の紹介で今の韓国人の夫に出会うようになりました。

 

自分でも想像したこともなかった「韓国に嫁ぐ」という道が開かれました。