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派遣村に通って3日間

さすがに疲れました。



あんまり公の場で「疲れた」と言いたくないのが鮭なのですが、今回ばかりは本当に全精力を使ってきました。




というのも、派遣村では言ったんですけど、本当に行くことに勇気が必要でした。

怖かったし、不安もあったし、実際問題必要か?見たいな。



実際、音楽をただの娯楽としか捉えてない人も居るわけで、そういう人たちからしたら、ここは遊び場じゃねーんだよ、と言われてしまいます。



ただ、不安を多く抱えてる人たちからしたら、それを少しでもほんの少しでも自分の体から取り除いていかないといけないんですよ。

それが、自分の声で歌うことだったり、誰かと話すことだったりすると思うんです。




今日は実は13時半から本部近くでみんなで大合唱を!と思ってたんですが、やはし騒音になってしまうと言うことで、えいさーだったりインド舞踊の方が重宝されていました。

場所も移動してたのもありますが。



なので、心が折れそうになったんですが、蒲田から駆けつけてくれた人や、3日間のうちに出会った派遣村に来ていた人たちが荷物を運ぶのを手伝ってくれたりして歌うことができました。



「涙そうそう」と「明日があるさ」をその場に居た人たちで歌うこともできたし。

とても鮭としては嬉しかったです。

みんなの心を、少しだけでも緊張をほぐすことができたかな、と思えたので。



今日は野党の皆さんが派遣村に来てました。



確認できたのは、民主党、社民党、国民新党、新党大地ですかね??


あたしが確認できたのは以上4党の方々でした。




彼らのしてることは、まるで選挙演説でした。

とても腹が立ちました。

派遣村に来てる人たちが求めているのは、ああいったアピールではなく、今実際何が行われている、どういうことをしている、と言う事実なのです。


仕事がない、住むところもない、食べることも危うい人たちの前で、「今の状況を打開すべきだと思います」なんて言ったって、とっくのとうにみんな気づいてることです。

そのために、今時分たち政治家は何をしているのか、それを知りたいんですよ。



すげーすげー腹立ちました。



で、あたしがお芋をいただいてた間に話してたのは、投票率を上げるべきだ、と言う話です。



途中で「あなた歌いに来たんでしょ」と言われてしまいましたが、政治の話を一般の人がするのがタブーとされるような空気があること自体がかなり危険な世の中だと思います。

いっぱい話すべきなんですよ。



そして、投票率が5割以上で選ばれた政治家で、新しい予算を組んで、新しい日本を作った方が、今よりは少し早く行動してくれてるんじゃないかと思うんです。

良くも悪くも。



成人している日本人(選挙権のある人という意味で)2割とか3割の人で選ばれてる日本の政治家が、どうしてそんなでかい顔をできるんでしょうか?



「安心」「活力」と麻生首相は書初めをしましたが、そんなパフォーマンスいりません。

だいたいそんなこと、就任直後にも言ったでしょうが。

この数ヶ月、何をしてたんですか?

何にもやってること、言ってること変わってないんですけど。


その間にも職を失って、命をも断とうとしてる人が居ると言うのに、何をのんきなことやってるんでしょうか。





そんなことをマイクを通して言ってしまっていました。





この3日間、本当に勉強になりました。

人生経験なんて、大それたことじゃなくて、なんかもう、生きるか死ぬかの局面で、ぎりぎりのところに居る人たちがこんなにも居るんだと思い知ったんです。

そうでない人たちも案外多かったですけどね。



思ったよりも和やかだったのにはびっくりしましたが、本当にびっくりするぐらい多くの人が職を失ったことに衝撃でした。

だってあそこに来てる人たち意外にもたくさん居るわけだから。

そして、年齢も性別も問わないんだって言うことにも驚かされました。


大半は男性でしたが、中には女性もいらっしゃいました。

同い年、もしくはあたしより下かな?と思うような人も大勢居ました。




寒波金がどのように使われたのかは分からないですが、少なくとも派遣村を作った村長は、政治家よりも尊敬されるべき人なのではないかと思いました。





ただ、、、1つ言いたいのは、あたしのようなミュージシャンだって、こう言うことを真剣に考えているんだぞ、ということ。

とても悔しいスタッフからの言葉でした。

まるで緊張感がないとでも言いたげでした。



でも、エンターテインメントができることは、とても限られてるんです。

それでも、何かできないかと思ってるこの気持ちは、ボーっと突っ立ってるようなボランティアよりは全然強いと思ってます。



ホント悔しかった。





派遣村に来てる人たちの本当の闘いは5日以降だと思います。

あたしは行けませんが、一刻も早く仕事が見つかるように、住むところが見つかるように祈って祈って祈りまくって、何か力になれないものかと模索したいと思います。




18日の池袋のLIVEには、派遣村で出会った人たちがたくさん来てくれる、と言ってくれました。

それぞれの事情が変わって、実際に来てくれる、こられる人がどれだけ居るかは分かりませんが、「何か」は残せたのかな、と思ってます。




すげーすげー長文になっちゃいましたが、派遣村に行ってあたしが今日、感じたことです。

賛否両論あると思いますが、「先進国」と言われてる日本の現状にしてはあまりにも悲惨な現実だと改めて思いました。




さて!!




9日は吉祥寺でLIVEです!

その為にまずは3日間酷使した喉を休めなければ!

そして曲も完成させなければ~~~!!!



のんびりする予定だった年始、思いがけずとても充実しました!



あたしもあたしの道をまい進したいと思います!



派遣村の隅っこで

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ひっそりとやってます(笑)


今日は鮭は全くもって居場所がございません。
やはし人数には勝てませんな。


しかしながら鮭を待っていてくれる人が居るのもまた事実で、やりに来て良かったなって思います。


今日はみた感じおとといの3倍の人が派遣村に来てるような気がします。
ボランティアしかり、寝床、食事を求める人しかり、職を求める人しかり、ひやかししかりです。


ホントに思うのは…ここがなくなったらみんなどなるんだろう。

本日も晴天なり

驚くべき点は、派遣村ができてから幸いなことに雨が降ってないとゆーことです。

風が少しでも吹くとびっくりするぐらい寒いところに、雨なんかが降ったらますます厳しくなるわけで…。
下手したら凍死だって起こり得るんじゃないかと。


さてさて。

とゆーわけで今日も派遣村へ。
あたしが行けるのも今日が最後。


派遣村がなくなったらまだ寮や住む場所が決まってない方々はどうなっちゃうんでしょうか。
政府はいつだって対応が後手に回ります。

勉強のできない人たちです。
ホントに。
今回のことも結局、何の教訓にもならないんじゃないかと思ってしまいます。


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