コンビニ、スーパー、パチンコ、ファミレス…。これらを見れば、日本中どこも同じに見える。だが虫捕りにいけば、その土地によって虫は異なる。虫も人も実にさまざま。日本は広い。明日を予想できない世界だから「ああすればこうなる」式の思考では具合が悪い。イラク派兵、靖国問題、安全神話の崩壊など、話題の出来事を養老孟司が定点観測。世界と世間の本質を読み解く、好評「養老哲学」第二弾。
内容「BOOK」データベースより
中央公論新社(中公出版)養老哲学第二弾との事、第一弾は「まともな人」だと思う。古代ソクラテスからニーチェ・ハイデガーなど様々な歴戦の哲学者の書物を読む事も面白いがより現実味を望むなら現代哲学が良いと思う。様々な価値観や哲学に出会える読書で自分に合ったとまでは言わないまでもついつい好き好んで手にとってしまう哲学者が誰にでもいると思う。養老孟司さんは私にとってそんな哲学者の一人だ。本書は2005年に新書として発売され、2009年文庫が発売されている事から題材にされている話題や議題は今では鮮度が落ち昔の話題といった印象がつきまとうのだけども、確かに当時世論を巻き込んだ話題ばかりである事にまず驚いた、当時感じていた焦燥感や疑惑は一体どこにいってしまったのだろうか?新書系は鮮度が命と言われるが、話題の賞味期限があまりにも早すぎる事に怖さを感じる。忘れてはいけない事があるなんて格好の良い言葉が踊るが、たかだか10年そこらの話題ですら皆忘れてしまっているのではないだろうか?養老孟司さんの事象に対する価値観や考え方に関しては賛否両論が生まれて仕方がない事だと思うし私自身全面的に肯定・推奨するわけではありません、じっさい年寄りの戯言であると本人が言ってらっしゃる事ですし・・・しかし鮮度命の新書で様々な新書が世から消えうせていく中できちんと残っている思想・哲学の一つとして一読の価値はあるといえます。
養老孟司哲学は超知的な煙に巻く哲学であろうと思う、養老孟司さんの投げかける言葉に読者や反対論者は異議を投げかける、でもどういった異議・異論が投げかけられるかも予め想定しているので、そういうものだから仕方がないよ、そもそもそう異論を出してしまう方がおかしいんだと窘められてしまう。実際養老哲学に対して「じゃあ、どうすればいいんだ!」と言う人が多いそうだが(著書に書かれている)、そもそもどうすればと考えてしまう事が間違いなんだよと言われてしまうので、読者の中にはイライラが募る人も多いそうだw実はそのモヤモヤ感を怒りではなく寛大に受け止めて、あぁ世の中ってそういうもんだなぁと読むのが一番良いと私自身は思っている、いろいろ目くじらを立てて何かに意見を言う事も大事だけど、一歩立ち止まって物事を見つめる視点を持つ事も大切なんだなと気付かせてくれる。常に死者を相手に解剖し、都市を離れて虫をこよなく愛する養老孟司さんの都市型とはかけ離れた哲学が読者には受けるのだと思います。
さて、私は東日本大震災という自然災害、そして日本人の犯した罪とも言える原発事故後の養老孟司哲学を読んでみたいと常々思っている、そういった文芸書を読みあさればいいじゃないかと言う声が聞こえてきそうであるが私は私なりの読書と読書にまつわるライフワークの中でその哲学に出会ってみたいと思っている。探さなくても必要とあれば自然と手元に巡ってくるものである、そんな読書を私は好んでいる。
