■スティーブ・ジョブズは「普通の人」なのだ!
スティーブ・ジョブズが亡くなった。
自分にとってはとてもショッキングな事件だ。
ジョブズ氏は僕がもっとも尊敬する人間のうちの一人。
あ、断っておきますが、ジョブズ氏を尊敬しているのであって、Apple信者ではないです(笑)
ただ、購入する製品はApple製が多いけど(^^;
さて
ジョブズ氏の死に関してアスキー総合研究所の遠藤諭氏は追悼文として
「ジョブズはパーソナルコンピュータそのものだ!」
という記事を書いてます。
この中にとても興味深い記述がありまして…
1カ月ほど前には、私は、《スティーブ・ジョブズはどこにでもいる 》(関連サイト)という原稿を書いた。私にとって、スティーブ・ジョブズは、確実に目に見える製品を届けてくる素晴らしきコンピュータ業界の貴重な登場人物の1人なのだ。だから、ニュースなどで「カリスマ」とか「天才」とか「神」などという短い言葉でくくられるのがいやだったのだ。
そこでも書いたが、ジョブズは魔法使いでも、奇跡を起こす神の申し子でも、レオナルド・ダ・ヴィンチのような天才発明家でもない。これを読んでいるほとんどの人と同じように、さまざまな課題に取り組みながら仕事をしてきたのだといってよい。好きなことを見つけて、そこに情熱を注ぎ込むことができれば、やり方によって誰でもなれる可能性があるのが、ジョブズという存在なのだ。そのことが素晴らしいし、彼がわたしたちを心の底辺からワクワクさせてくれる本当の理由なのだ。
そして上にも出てくる「スティーブ・ジョブズはどこにでもいる 」も是非ご一読を。
うーむ、なるほどー!
実は自分も同じようなことを感じてました。
そう
ジョブズって普通の人なんですよ
でもね、これを感じることが出来るのは日本人だからこそと僕は思っていたりするんです。
今回はそういう話
僕は大学で庭園学を勉強したことを切っ掛けに「日本人」という特殊な民族に注目して研究しているんですが、結論から言うと日本人というのはアレンジするのが上手い民族です。
別の言い方をすると、元々存在しているものを一番良い方法で、もしくはより良い方法で活用するのが上手い民族。
だから、欧米から入ってきた技術を短時間で身につけ、世界一となることができた。
自らが発明すると言うよりも元々あるものを活用するから「日本人は猿まねだ」と言われ続けたのも致し方ない。
とはいえ、結果としては元々発明、発見した欧米では最良の形で活用することができなかったということ。
これはスティーブ・ジョブズにも当てはまる。
Appleにより普及したマウスもウィンドウやアイコンによるGUIもAppleの発明ではない。
マウスはAppleが発明したなどと書いているところがあるがこれはウソ。
マウスは50年も前にダグラス・C・エンゲルバート氏によって発明されていて、Appleが世界で初めてマウスを使用したGUIによる実用コンピュータとしてLisaを発表したのはその20年以上もあとの話なのです。
既にある技術でも実用化されなければ意味がない。
または実用化されていてもより良く活用されていなければ技術としては死んでしまう。
スティーブ・ジョブズはそれらを活かすのがとても上手い人だったんですね。
ということでスティーブ・ジョブズと日本人、この両者に共通することを書きましたが、それはつまり
物事の本質を見極める能力が高い
ってことなのです。
こうして書くとなんか高尚なことでとってもハードルが高い感じがしますけど、実は日本人は自然にこれをやってきた民族なんですよ。
本質を見極める能力が高いってことはどういうことかというと、簡単に言ってしまうと「普通に考える」ってことなんですが、この「普通に考える」ってことが人類はなかなかできないもので…。
ジョブズの生み出してきたものは全て人が使いやすいと感じるもの
それは本当は「普通に考えればできること」のはず
でもできない。
そしてジョブズの凄いところはこれを一貫してやり抜く情熱を持っていたということ。
そして死ぬまでそれを貫いた。
この「物事の本質を見極めて、情熱を持って貫く」というところを僕は尊敬している。
人類は「普通に」そして「自然に」考え、そして生きていければ幸せなのに、悲しいかな、それができない生き物だ。
僕は「普通に」そして「自然に」物事を考え、進められる人間でありたいと思う。
自分にとってはとてもショッキングな事件だ。
ジョブズ氏は僕がもっとも尊敬する人間のうちの一人。
あ、断っておきますが、ジョブズ氏を尊敬しているのであって、Apple信者ではないです(笑)
ただ、購入する製品はApple製が多いけど(^^;
さて
ジョブズ氏の死に関してアスキー総合研究所の遠藤諭氏は追悼文として
「ジョブズはパーソナルコンピュータそのものだ!」
という記事を書いてます。
この中にとても興味深い記述がありまして…
1カ月ほど前には、私は、《スティーブ・ジョブズはどこにでもいる 》(関連サイト)という原稿を書いた。私にとって、スティーブ・ジョブズは、確実に目に見える製品を届けてくる素晴らしきコンピュータ業界の貴重な登場人物の1人なのだ。だから、ニュースなどで「カリスマ」とか「天才」とか「神」などという短い言葉でくくられるのがいやだったのだ。
そこでも書いたが、ジョブズは魔法使いでも、奇跡を起こす神の申し子でも、レオナルド・ダ・ヴィンチのような天才発明家でもない。これを読んでいるほとんどの人と同じように、さまざまな課題に取り組みながら仕事をしてきたのだといってよい。好きなことを見つけて、そこに情熱を注ぎ込むことができれば、やり方によって誰でもなれる可能性があるのが、ジョブズという存在なのだ。そのことが素晴らしいし、彼がわたしたちを心の底辺からワクワクさせてくれる本当の理由なのだ。
そして上にも出てくる「スティーブ・ジョブズはどこにでもいる 」も是非ご一読を。
うーむ、なるほどー!
実は自分も同じようなことを感じてました。
そう
ジョブズって普通の人なんですよ

でもね、これを感じることが出来るのは日本人だからこそと僕は思っていたりするんです。
今回はそういう話
僕は大学で庭園学を勉強したことを切っ掛けに「日本人」という特殊な民族に注目して研究しているんですが、結論から言うと日本人というのはアレンジするのが上手い民族です。
別の言い方をすると、元々存在しているものを一番良い方法で、もしくはより良い方法で活用するのが上手い民族。
だから、欧米から入ってきた技術を短時間で身につけ、世界一となることができた。
自らが発明すると言うよりも元々あるものを活用するから「日本人は猿まねだ」と言われ続けたのも致し方ない。
とはいえ、結果としては元々発明、発見した欧米では最良の形で活用することができなかったということ。
これはスティーブ・ジョブズにも当てはまる。
Appleにより普及したマウスもウィンドウやアイコンによるGUIもAppleの発明ではない。
マウスはAppleが発明したなどと書いているところがあるがこれはウソ。
マウスは50年も前にダグラス・C・エンゲルバート氏によって発明されていて、Appleが世界で初めてマウスを使用したGUIによる実用コンピュータとしてLisaを発表したのはその20年以上もあとの話なのです。
既にある技術でも実用化されなければ意味がない。
または実用化されていてもより良く活用されていなければ技術としては死んでしまう。
スティーブ・ジョブズはそれらを活かすのがとても上手い人だったんですね。
ということでスティーブ・ジョブズと日本人、この両者に共通することを書きましたが、それはつまり
物事の本質を見極める能力が高い
ってことなのです。
こうして書くとなんか高尚なことでとってもハードルが高い感じがしますけど、実は日本人は自然にこれをやってきた民族なんですよ。
本質を見極める能力が高いってことはどういうことかというと、簡単に言ってしまうと「普通に考える」ってことなんですが、この「普通に考える」ってことが人類はなかなかできないもので…。
ジョブズの生み出してきたものは全て人が使いやすいと感じるもの
それは本当は「普通に考えればできること」のはず
でもできない。
そしてジョブズの凄いところはこれを一貫してやり抜く情熱を持っていたということ。
そして死ぬまでそれを貫いた。
この「物事の本質を見極めて、情熱を持って貫く」というところを僕は尊敬している。
人類は「普通に」そして「自然に」考え、そして生きていければ幸せなのに、悲しいかな、それができない生き物だ。
僕は「普通に」そして「自然に」物事を考え、進められる人間でありたいと思う。