一番好きな言葉かもしれません
「正しい」は絶対で、自分の身を保障してくれますが完璧な証明が必要です。
「快」は人それぞれで
なんで?って聞かれても「好きだから」「自分のスタンスだから」だけで済みます。
香西秀信さんの著者「論より詭弁」に
こんなひとことがあります
『論理的思考力など、所詮は弱者のあてにならない護身術である』
まったくそうですね
詭弁…
正しいことの証明ではなく
自分が正しいと思っていることをいかに相手に「正しい」と思わせるかにばかり目がいってる気がします
そして大多数の人は、自分が間違っていることの熱弁はしない。
結局、正しいって何なんでしょうね
数学とか絶対的な答えがあるものは除きます
でも、
あいつが悪い!私は悪くない!なんて
感情論の場合、その人が主張する「正しい」はその人にとっての「快」なんじゃないでしょうか。
私なりに色々考えて書きましたが
たったこれだけの文章でだって
どこかで矛盾が生じていることでしょう
数学みたいにひとつの答えがあるものはちゃんと「正しい」があるけど、完璧な証明は苦手です(もはや数学が苦手)
もしくはあら探しをされるのが怖いのかもしれません
「正しい」「難しい」ではなく
「快」「シンプル」で考えるほうがやっぱり気楽で好きです。
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