短編映画「太陽の石」を作る前のお話。 福岡から東京へ ~ その1 | 藏原潔司の映画道。「今やらずして、いつできる!?」

短編映画「太陽の石」を作る前のお話。 福岡から東京へ ~ その1

まず始めに、僕の作った短編映画を紹介しまーす。

「太陽の石」 - A Stone Of The Sun
$今やらずして、いつできる!? 遠藤 潔司の映画道。
ビスタ/ステレオ/13分/日本/2008
原作・脚本・音楽・編集・監督・製作:遠藤 潔司

セリフがなく、実写かつ、シルエットのみで物語・感情を描いた作品。



このとんでもない挑戦を思いついてから映像化に至るまで、
たくさんの方々の応援・協力があってできた渾身の作品なのです。

製作を始めた当初、周りから「無茶な事をやろうとしている」とか「プロでも難しい」、
「馬鹿じゃない」と言われたけれど、諦めずにやり続けた事で完成させる事ができ、
今振り返ってみると、よく映像化できたなぁと自分でも驚きます。
みんなには本当、感謝でいっぱいです!!

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(僕が福岡から東京に来るまでの事をちょっと書きます)


僕は小さい頃から物語を考えるのが好きで、小学生の頃から高校まで、
ゲームクリエイターになる事を目指してました。RPGを作りたくて、
工業高校へ行って、パソコンとプログラミングを学ぶぐらいマジでしたね。

けど、

高一(だったかな)の時、惣菜屋のアルバイトで皿洗いをしている最中に、

「映画の方が表現力があるし、作品として評価されるのは映画かな」

と思った瞬間今まで真剣に目指していた夢をためらいもなくスパーっと変えて、
映画監督になるぞー!
と決意したんです。(皿洗いながら)

その日の帰り道はとてもすがすがしく、今でも忘れられないです。

すぐに「シナリオの基礎技術 - 新井一 著」という本で
脚本の書き方を学び、(この本はすっごいオススメ!)
高校在学中に2本の長編を書きました。(話は面白くないけど、その時の全力を思いっきりぶつけてました)

映画制作を学ぶ為、アメリカの大学に行きたいとも考えました。
しかし、僕の家庭は裕福ではなく、高校の学費すら自分で払わないといけない状況で、
大学へ行くには、それも自力で貯めるしかなかったのです。

高校卒業式の日、
配られたパンフレットには卒業生全員の卒業後の進路先が書かれてあり、
僕の欄はクラスで唯一、空白でした。



いや~、まいった、まいった!(笑) これからどうする?潔司。ってな感じで。

当時はみじめな思いをして、すごく悔しかったなぁ~!
でも、このままじゃおわらねえと強く思ったのがエネルギーになったんだと思う。

僕の高校卒業後の進路は「空白」――――。 そこからです。

つづく