『2016年5月29日』。
加藤悠がプロレス活動を休業した。受け入れなければならないことではあったが、心の奥底では受け入れることのできない自分がいた。
あの日、加藤悠を前にして、号泣した私。大会が終わって、帰宅している時も意気消沈していた…
「これから何を生き甲斐にしていけばいいのか。」、「加藤悠のような人間になりたい。でも、自信がない。」、「加藤悠がいないと、心細い。」
そんなことばかり、考えていた。
幸い、翌日は仕事が休みであった。
気晴らしに何処かに行こうとか何かをやろうとか思っていても、やる気が出ないでいた。
加藤悠との別れがあまりにもショックだったのが気持ちだけでなく、行動にも出ているのが他人が見てもだが、私自身でもわかっていた。

まさに『悠ロス』…

2013年に加藤悠というかはるか悠梨がプロレスラーを廃業した時も『はるかロス』を体験したこともあるが、その時以上に落ち込んでいるのは確かだった。

『悠ロス』になった私。職場でも、ボーッとしていて仕事に身が入らない。
もともと、職場環境も悪く、職場の人達の私に対する態度が冷たいので尚更だった。
職場に向かう車内では加藤悠の入場テーマ曲であった『READY!!』を聴いて、気持ちを高ぶらせたり、仕事が終わり自宅で加藤悠の試合のDVDを観て、「強く生きていこう。」とも思っていても、余計に寂しい思いが募るばかりだった。
「いっそのこと、加藤悠のことを忘れてしまった方がいいのではないか。」と思うこともあった。
しかし、私にはそう簡単にはそれはできなかった。
私にとって、加藤悠の存在が大き過ぎたからである。
加藤悠にたくさん元気づけられて、パワーをもらった分、「頑張ろう。」と奮起するも、悩んだ時や行き詰まった時に加藤悠に話をしたり、相談することができなくなったことは痛手であり、これからちゃんと仕事を続けられるかどうかも不安だった。
『加藤悠』という崩れることのない精神的支柱を失ったことで光も出口も見えない迷い道に入りこんでしまい、「どうすることもできない状況に陥ってしまった時が来てしまったらどうしたらいいのか」と考えるのも怖くて仕方がなかった。
そんなある日、サンプリングガールズのライブが『2016年6月12日』に行われることが加藤悠のブログで知らされた。
その知らせを知り、私は喜んだ。その日を目標にまた「頑張ろう。」と奮起しようとする気持ちが僅かながら、甦った。
しかし、数日後のブログでショッキングな知らせがあった。
何と、ライブそのものがなくなってしまったのだ…
私はかなり凹んだ。落ち込みも底の底まで行ったような感じだった。

だが、私がネガティブになればなるほど事が悪い方向に進んでいる気がした。
それならば、考え方・生き方を変えてみるしかないように感じた。

『物事に常に全力で取り組む姿勢を大事しよう』。

『ブレずに自分の信じた道を突き進もう』。

『人の痛みを理解し、人のためにできることをしよう』。

私が加藤悠に会って、試合を観ていて、「自分も加藤悠のような人間になれたらな。」と思っていたことであったし、加藤悠に会えなくなった今だからこそ、そうなれるように努力していかなければ前に進めない。だから、私は『悠ロス』に陥りながらも、自分のペースで自分のできることを少しずつやっていき、一日一日を大事に過ごすようにした。

辛いことや苦しいことは勿論あった。でも、頑張っているところは職場の人達から認められるようになり、仕事も軌道に乗り始めていった。

それから数日後、加藤悠のブログに告知があった。
『2016年7月10日』。
サンプリングガールズのライブに出演することが正式に決まったのだった。

寂しくても、辛くても、苦しくてもそれに負けずに一生懸命努力してきた私に神様から贈られた最高のプレゼントだった。

『また、加藤悠に会える!!』
しかも、『7月10日』は私にとって誕生日よりも特別で忘れることのできない大事な日。
その日に加藤悠に会えることが私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

『早くその日が来てほしい。』
一心にそう思った。


to be continued…