ヒゲを伸ばしてます。

全部を伸ばしているわけでなくて、一部だけ。下唇の下にチョロっとだけ。まさにプロフのアバターみたいな感じですね。

ジャッキー・チェンが何かの映画中で、誰かに(アバウト過ぎるな)指摘されてたましたね。

誰か「その唇の下のカビみたいなのを剃れ」
ジャ「『ソウルパッチ』を?」

というわけで、こういうのはソウルパッチと言うらしいですよ。知らんかった。というくらいなので、お洒落で伸ばしてるわけで無いです。そして、不精して伸ばしているわけじゃないことも否定しておきます!最近よく言われるんですよ…。「唇の下、剃り残してるよ」って。違う、違うんだ…!

僕は中国の方とやりとりする機会が多い仕事してます。

で、とある中国人の方から「ソウルパッチをたくわえてた方がいいアルヨ!」みたいなことを言われたので、その気になって伸ばしてる最中です。「こんなもんで何か変わるのかよ…」と半信半疑ですが、未だ効果を実感出来ずに今に至る。いや、ひょっとしたら『ソウルパッチ』で好感度あがって取れた受注もあるかもしれない!?

でも、ヒゲも体も(頭もね!)毛深く無い方なので、全然様にならないですね。密度の低いのがひょろっと数本伸びてくるので、たまーにハサミでカットしている。情けない…。

似合ってないし、そもそも人に媚びて伸ばすヒゲなんてどうよ?という疑念は晴れないので、近いうちにスッキリ剃ろう。けど、その前にビシッと決まったソウルパッチの自分も見てみたいなぁ。
ふと思い立って、ブログを始めることにしました。

ブログを書くのは5年ぶりくらい。


僕は今、京都に住んで居ます。
京都の小学校・中学校・高校・大学を卒業して、京都で働いています。
なのに、京都弁や関西弁が第一言語じゃないんです。
割りと綺麗な(というとおかしいけど…)標準語を話せます。

母方が関東の人で、幼少の頃、ちょっとだけ関東に住んでたことがあります。
中学校に上がるまでは、夏休みの八割は関東のお爺ちゃん・お婆ちゃんの家で過ごしてました。
そこで関東の言葉を自然と覚えていったのです。

でもその頃はまだ、普段は京都弁を使い、頭の中は京都弁で考え、必要に応じて関東弁を使う。
そんな風だったと覚えています。

転機は、中学校の卒業間近。

激しく「東京」に憧れた時期があったんです。
理由は、今となってはどうにも曖昧で、思い出すことが出来ない…。

ただ、それからは普段の生活も極力、関東言葉で話すようになった。
就職内定もらうまでだから、7年近くもそんな生活過ごしていたことになる。
周囲の友人からは、随分と奇妙に写っていたことだと思うよ。

就職して、最初の辞令は九州配属でした。

「京都の人」は物珍しかったらしく、随分と可愛がってもらったものです。
(福岡県に「京都郡(みやこぐん)ってあるんですね。その時初めて知った。)
ただ、関西弁が思っていたより市民権を得ていないことを知ったのは、ショックだった。


「~してはりました。」(「~なさっていました」の意)


これが40を越えた人には通じない。
これくらいの言葉は、テレビに出ている関西人によって、みんな知ってるものかと思ってた。

この出来事以降、関西以外の人には、極力関東言葉で話すように心がけた。
そんな生活が数年続き、その会社を辞めて、今は京都に帰ってきて仕事をしているのだけれども…

関東言葉で喋る癖、考える癖が痣のように染み付いてしまって、抜けない体になってしまった。

関東言葉で考え、京言葉に頭の中で変換し、京言葉で話す。
関西以外の出身と明確な人には、関東言葉のままで話す。
まるで関東ネイティブになってしまった。

今なら寝言も関東弁で喋っているのかもしれない。

随分と長い前置きになりましたが、今日、関東の方からクレームをいただきました。
最初は烈火の如くお怒りだったのですが、対応しているうちに、次第に疑問に変わられたようです。
そして、こう仰いました。

「あなたはどうして京都の言葉が出ないの?」

こう言われるの、もう何度目か思い出せません。
生活に著しい支障が出ているわけではない。

でも、15歳かそこらの時に思いついて、それ以降ずっと「借り物の言葉」で考え、喋っている。
そう思った刹那、アイデンティティは曖昧になり、嘘の上に成り立っているのではないか?と不安になる。

だからかどうかは不明ながら、方言を使う人って素敵だなぁ、と思うのです。
大事にしたいですね、お国言葉。
英語を勉強する前に、自分の地域の言葉を知ることは大切な気がする。