ナースレジェンド(4) | 酒とアニメの日々(鯱雄のオフィシャルブログ)

 しかし、その考えは副会長にあっさり否定される。
「そうじゃないわ。マユミはどんな勝負だとしても手を抜いたり、勝ちを譲ったりはしない。もしそう見えるのなら、もっと奥に何かあるはず・・・」
 この意見にクミの祖父のショージが解説を付け加えた。
「この勝負はただ料理の味を競う勝負ではないということじゃ。つまり、院内食の考え方についての戦いなのじゃよ。もし、おいしい料理を作って勝ったとしたら、それは院内食もおいしい方がよいということを認めてしまうことになる。だからマユミ君はあえていつも通りのメニューを選んだに違いない」
「なるほど、やはりマユミお姉様らしい深い考えがあったもようです」


 ショージの説明の間にも3人の老人達は試食を進めていた。
「これはまぁ・・・、いつもの院内食ですな」
「・・・」
「可もなく不可もなくといったところか」
 それが3人の評価である。しかし、ガツガツと貪るように食べる姿が老人らしからぬことにショージが気付いた。そして、その理由は2口目のスープを口に運んだ瞬間に判明した。
「こ、これは、まさか・・・、柚子の香りか!?」
「柚子!?」
 その場にいたほぼ全員が疑問符を浮かべた。
「日本製のオレンジといったところかの。日本ではよく料理の香り付けに使われる食材じゃ。
なるほど、これは食欲を誘う香りじゃ。ご老体たちの食が進んだのも納得じゃ。それにしても、マユミ君はどこまでもマユミ君ということか。おいしいという感覚は所詮感覚という曖昧なものであり、不変なものではない。現に嗅覚を刺激されただけで同じ食べ物でも評価はいくらでもかわるということを我々は身をもって証明させられたということじゃな」
 予備のマイクを受け取ったマユミが解説を続ける。
「タチバナ先生のおっしゃる通りです。勝負を1週間後にしたのは、クミちゃんに料理を練する時間を与えるという目的もありましたけど、もう一つ、この柚子でクレフ少年と他の審査員の方々がどう反応するかを事前に見ておくためでした。実は、4日前と一昨日の夕食のスープが柚子入りだったんですよ」
 この発言に3人の老人たちが驚いたが、
「そ、そういえば、最近食事の量が減ったような気がしたような、しないような・・・」
「一昨日、一昨日・・・、ワシ、一昨日の夕食、食べたかの・・・」
「・・・」
と、ジフ爺さんが辛うじて覚えていたくらいである。
 そんな痴呆症的発言の間に、マユミの観察対象はクレフ少年の皿に移っていた。
「まだ半分は食べもらえなかったのね。でも、前に比べたら大進歩といったところかしら」
 クレフ少年の目の前に置かれたスープはまだ半分以上が残されたままであったが、その無言の評価はマユミにとってまず十分な成果と呼べるものだった。


 食事を開始してから10分ほどが過ぎた。クレフ少年以外の4人が半人分の食事を食べ終えたのを見計らい、リーゼロッテのマイクが再び唸りを上げる。
「さーて、審査員の皆さん、マユミお姉様の料理はいかがでしたでしょうか。続きまして、後
攻のチャレンジャーのお料理いらっしゃーい」
 リーゼロッテの合図で今度はカートに乗せられたクミの料理が運び込まれてきた。
「クミの料理は特性カレースープです」
 プラスチックの蓋が取り外されるとともに、それは強烈なスパイスらしからぬ何か別の臭いを撒き散らした。たしかに見た目はカレーのような黄色い物体であるが、なんか焦げた黄色と苦そうというか酸っぱそうな香りは「カレー」というより「カレーもどき」と呼んだ方がよさそうなシロモノである。
 マユミの目が輝いた。
「なるほど、考えたわね。カレーであれば、多少の味付けはスパイスでかなりカバーされるし、食材の切り方も煮てしまえばあまりわからない。しかも子供に人気のメニュー。でも、」
 その言葉を継ぐように、副会長が溜息交じりに感想をもらす。
「それにしても、よりによってカレーとはね」
「それはいったいどういうことでしょうか?」
「カレーは、というよりカレーに入っている香辛料は患者には刺激が強すぎるのよ。だから普通は院内食でカレーを出すことはないの。それを出すということはかなりのバカか、計算された何かがあるか・・・」
「えーーーー、クミのことだから何も考えずに自分が食べたいカレーにしただけじゃないんですか?」
「どちらにしても、審査員の反応を見れば全てがわかるわ」
「そうですね。でわ、審査員の皆さん。嫌かもしれませんが、さっさと食べちゃってください」
 合図とともに5人の審査員がいっせいにカレーもどきを口に含んだ。

 3人の老人は思った。
「不味い!!!!!!
 甘ったるくて酸っぱくて、それでいて舌にまとわり付くような苦味とチクチクするような痛みもする。この世にこんな不味い食べ物があったとは・・・」
 次の瞬間、3人はそれぞれあの世から迎えにきた親類と対面した。
 ジフ爺さんのところには子供の頃に病気で亡くなった母親が現れた。
 アンドレ爺さんのところには2年前に心不全で亡くなった妻が現れた。
 ドガ爺さんのところには20年前に過労死した息子が現れた。
 3人はそれぞれ親類が差し出した手を掴もうとしたが、そのとき、それを遮るような大
きな声が響き渡った。
「美味い!!!!!!!!!!!!」
 声の主はクミの祖父のショージだ。その声にリーゼロッテがいち早く反応する。
「ちょっと、タチバナのお祖父さん!いくら孫だからって、身内びいきするのはやめていただけます!?あんな料理が美味いわけないじゃないですか!!!こっちまで変な臭いが漂ってきてますよ!!!」
 しかし、ショージは全く怯むことなく答えた。
「お嬢ちゃんにはわからないようじゃな。この料理にはクミちゃんの優しさが詰まっておる。
そうじゃろ、皆の衆」
 同意を求められた3人の老人は返答に困ってしまった。自分達の舌を信じるならこの料理は不味い以外の何者でもない。しかし、ショージにあれだけはっきりと美味いと言われてしまうと自分達の舌を疑わざるをえない。
 3人はふとマユミとクミを見た。両名ともこちらを見つめているが、クミの方は今にも泣きそうな目でこちらを見ている。
『ここで正直に不味いなんて言ったら・・・』
 3人は無言で合図を送り合った。