浦和は頑張りましたね。完全に支配されてたけど、城の前半終わった時「五分五分でしょう」って発言はいただけないけど、見せ場は二・三回あった上での1-0はアドバンテージを考慮してもよかったですね。まぁ素人目にしても実力差をまざまざと見せつけられたけど、楽しかった。ただ相変わらずの日テレ節にはまいった。野球やけど10年前ぐらいのベテランアナ(名前忘れた)の実況はすごく好きだったのになぁ。親しみやすさと愛情があった。しかし河村然り、前の奴然り、しょーもない言葉遊びとくだらん情報の羅列に終始。選手間違えまくるのはテレ朝も(かくちゃんと松木)やしまぁいいいとしても、ああいう風にええかっこしてる割に大事なとこ間違えまくられると普通にいらつく。途中から気になってサイレントにしたし。しかし、巨人ファンとしては日テレが嫌いとは言えない訳で、てか別に嫌いちゃうけど。しかし日テレは日テレらしく「日米安保と野球外交~日米友情日誌~」みたいな番組でもやっときゃいいと思う。ポップの後追いは見るにたえん、と思ったら栄光の残滓も感じさせてくるからその後味は反吐が出そうになる。 そんなことを書くために大事な時間を日記にさいているのではなかった。さっき本読んでてふと頭によぎったニュアンスが離れず、とにかく日記に書いて纏めなければという強迫観念に襲われたからである。それは「セックス中の演技」についてである。女の約120%はセックス中に演技をしたことがあると雑誌‘ahan ahan’の特集で載っていたが、本当だろうか。というか俺がさっき思ったのが、お互い(場合によっては一方のために)が気持ち良くなるために、例えば理性的に必要以上にあえぐ、なんてことは演技に入るのだろうかということである。 お互いが気持ち良くなるためにあえいだことが、無意識であろうとそうでなかろうと、「あれは演技だった」と後で考えるのは不当だと思うのだ。後でアンケートを取る時には平常時だから‘演技’と言えるだろうけど、セックス中に相手をいかせるためや、お互いを盛り上げるため(つまり本人のためでもある)の行為が本来的な演技たりえるのだろうかという疑問が頭にこびり付いて本どころではなくなったのである。なぜそれに拘るかと言うと、それを考えた時に「私は演技したことあるわよん」的返答で責任転嫁している気がして憤慨してきたからである。大体セックスなんてもんは、お互いの技術と器官以上の不断の努力によって素敵な時間になるはずである。これは俺の遅漏は最近の女の器官的な問題が色濃く、という発言と矛盾するかもしれないが、これはまた別問題である。ともかく、その不断の努力の一つが俗に‘演技’と言われているものかもしれないが、それは演技では無く本能の枝葉だと思う。勿論、完全なる演技もあるだろうがそれは一部に過ぎないと思うのだ。心底演技なんて言う奴は「自分は非協力的な人間です」と言っているのだ。協力的な奴は心底演技とは言えないはずである。つまり‘心底’演技をしたことがあると言う奴は恥ずかしい奴なのである。 それに言わせてもらうが、遅漏族を自称(これについては深い議論を擁するが、一応ここでは遅漏として登場しておく)している俺としては、そういう意味で演技を使うのなら男だって演技しとるんやボケってことだ。完全マグロの奴とやって何が楽しい?それに遅漏プラスで頑張っていくんやで。相当な頑張りや。だっていけんかったらかわいそうやん。それは演技か?いや愛や。愛やでそれは。本能から派生した愛という名のやけっぱちの性欲や!そや性欲や!ってとぼけるのはよそう。とにかくそういう意味において男も演技してることになるわけで、仮に演技となるなら男にもアンケートをとるべきだ。しかし実際に男にアンケートをとったならば、きっと潜在的演技者より実数は少ないだろう。それは理解が足りない以上の何かがある。それは虚勢だ。女は虚勢を張る、その度合いが男より強いのだ。そんな気がするが、どうだろう?別に断定するつもりはないが、とりあえずこのへんで収拾がついてきたので日記終了。


ちなみにSNSの日記転載です。なんでか言うたら、ほとんどSNSしかやってなくてこっちはめんどい、けど一応開設したからには、なんかしとかなという思いああるからなんです。しかしリンク機能は好きではない、そういうかんじです。

シャブ太郎という名前でニート活動やってるもんです。

シャブログっていうブログをやっていたんですがこちらに移りました。

もしこちらでのブログ活動が盛んになれば多分に不愉快な内容になると思うのですが、許してください。

「このニートも大変なんやろうなぁ」と寛大な対応をお願いします。まぁ誰もみねーか。

知らねーや。どーせあんま書かないやろーし。