こんにちは。
二代目大家のヒロトです。
本日も、ご訪問ありがとうございます。
歴史上(日本史)の人物で、良く知られているといえば、
前のブログに載せた織田信長・豊臣秀吉・徳川家康です。
今回は、この三人以外の人物
今放送中の NHKの大河ドラマ 「平清盛」
が政権を握った頃の時代背景について、簡単に触れて
おきましましょう。
あなたは、源氏派?平家派?
私は源氏派なんですが、
それはさておき、
清盛は保元・平治の乱で政権を確立していく・・・
「清盛の時代に行って、まるで見て来たようなことを
歴史学者はよく言うよ」とお思いでしょうが、すべて
裏付けになる史料があって、それをもとに、歴史が解
明されているわけです。
例えば、保元の乱を、天台宗の座主の慈円は
「愚管抄」の中で、「ムサノ世ニナリニケルナリ」
と評しています。ムサとは漢字で「武者」です。
世の中が貴族の世から武士の世になってきたと
言っているのです。もともと武士「さむらひ」
は高貴な方のそばに「さぶらひける」者という
意味で、貴族の警護役で身分はずっと下だった
のです。それが立場が逆転してきたと慈円は評
しているわけです。
平治の乱の様子をボストン美術館にある史料
「平治物語絵巻」また、「平治物語」が後世
の私たちに教えてくれています。
また北畠親房という人の書いた「神皇正統記」
という本の中に保元・平治の乱の結果、
「武用サカリニ、王位カロク成ヌ」の記述が
あります。
これは、貴族が武士を利用して政権争いをして
いたのが、もはや、武士自らが政権を握る力を、
持ち始めた、つまり、これからは武士の世となり
朝廷や公家の権威は失墜してしまったと言っている
のです。
その最初の武士政権が清盛の平氏政権(六波羅政権)
なのです。祖父の正盛、父の忠盛の時代にその基礎
固めはできてはいたのです。
ただ、清盛は貴族社会に憧れていましたから公家と
武士の二面性を持った政権でした。
次回は「平氏政権」の特徴について、
具体的に見ていきましょう。
本日もありがとうございました。
二代目大家のヒロト

