活字が好きな焼きうどんは、漫画も大好きで、大人になってからはしがない財力にモノを言わせて、好きなだけ本も漫画も購入しています。
活字好きは、子どもの頃からで、振り返ると幼少期の環境が大きく関与していると思います。
わたしの母は職業婦人で、女性は男性の3倍働いてやっと男性と同等に認められるという、オソロシイ信念の持ち主でした。わたしが幼いころの母は、今から思うと完全に仕事>>>>>>>育児、家事だったと思います。ワークライフバランスとか、QOLというのはここ20〜30年の間で登場した比較的新しい概念であり、当時は父も激務、わたしのことは母方の祖父母がよく面倒をみてくれました。
祖父母の家は、祖父母と伯父夫婦という大人世帯で、同じ年頃の遊び友だちが近くにおらず、まさに本が友だちという環境でした。新しい本も買ってもらいましたが、伯父や母がかつて読んだ本もまだ残っており、古い百科事典(写真ではなく挿絵)や田河水泡ののらくろ漫画集、母親の通信簿のコメント欄まで、字が書いているものは何でも読みました。暇だったのです。わたしの活字好きはその環境に端を発しているように思います。
さて、その子ども時代の経験から、わたし自身は本に対して肯定的であり、自分の子どもにも本好きな子どもになってほしいと望みました。字を読めるようになったのが早かったのをいいことに、読み聞かせはほとんどしませんでした。佐藤ママが、字は読めても読み聞かせをすべし、とおっしゃっているのをのちに聞いて、あうっと思ったのを覚えています。
子どもが自分で本屋で選ぶ以外に、わたしが読んで面白かった本、読んでおいた方がいいと思う本などを本棚に入れておくスタイルです。読んでおいたほうがいいと思うものでも、大人向けの表現があるようなもの、まだ意味がわからないかな、と思うようなものは渡していません。
時機をみて小出しにしているわたしの蔵書ですが、最近上の子に渡したのは、横山光輝さんの史記です。漢文は何年生でやるんだっけ、と思って聞いたら、ちょうどかじり始めた、と言うのでここぞとばかりに渡しました。
わたし自身は、大人になってからこれを読みました。これを読んでおけば、時代背景や当時の価値観はだいたいわかるし、漫画で読んだエピソードそのものの漢文が模試で出ることもあるだろうと思います。管鮑の交わりも、この漫画で知りました 笑
高校時代は特に苦手意識のなかった漢文でしたが、センターだったか二次試験だったか忘れましたが、とにかく肝心の本番の漢文でやらかしました。「郭公」という単語が出てきて、「公」がついているから中国のどこかの国の権力者の名前だと思って読んでいたのですが、どうも話の流れがよくわからない。わからないままとりあえず答えを書いて試験が終わり、蓋をあけてみると、鳥のカッコウのことでした。
大和和紀さんのあさきゆめみしも読んでほしいのですが、なにしろ光る君がプレイボーイすぎて…
そんなことを気にしているのは親だけで、過去のわたしがそうだったように、親の知らないうちにいろんな本をすでに読んでいる気もします(笑)