孫さんのことではないです。


いえいえ、今回はまじめに行きます。


最近、よくテレビで「正義」について


議論する番組を見かけるんです。



たぶん震災が起きてから、


改めて私たちは倫理観や道徳観に直面しているから


だと思います。


でも道徳観とか倫理観って常日ごろから


身近にあるもので、それに対して


深く考え行動することは当たり前のことだと思うんです。


だからもともとこういう議論というか


物事について考えたり聞いたりすることは


私は好きなんですけど、


世間的には疎まれますよね(笑)


何でだろう。


みんなのすぐ隣のことなのに。。。



議論、してますか?



震災後に露呈した問題は日本に住んでる


全ての人に関わってること。


面倒くさいっていうのは、そのまま


自分の人生を面倒だと言っているようなもの。


もしくは、自分でない誰かが何とかしてくれるという


依存、寄りかかり主義。 幼い感性。


ただの問題の先送りなだけで


無責任です。


だから議論は大事だと思います。



でもホンネを言うと、


どんなことも本当は答えってシンプルだと思うんです。


それを大人は論理的に、と言って


難しい言葉を使って核心をはぐらかしたり


責任をうやむやにするんです。


そして事態がまずくなり火の粉が


自分に降りかかると分かると


利権はしっかり手元に残し


簡単にその責任を放棄するのです。


あ、話がついつい霞ヶ関へ。。。


でもズルイですよね。。。



環境問題は私たちの世代だけで


収めることの出来ない問題です。


子供たちに説明して


理解して納得してもらえない制度やしくみなら


やるべきでないと単純に思います。


その前に子供たち相手に


どれだけ分かり易く説明できる人がいるか疑問ですけど。。。


そして、経済。


蓮舫さんのスパコンでの一連の報道。


世間ではすごく叩かれてましたけど、


(報道の仕方にもかなり悪意があると思いますが、、、)


彼女の質問の何がおかしいんだろうと思います。



「何故、一番でないといけないんですか?」




動機の問題です。


戦後から震災前まで世界の一番を目指して


日本の経済も国民の幸福度も結果一番になれたのでしょうか?


そしてその先にも国民が望むような幸福の未来はあったのでしょうか?


特に震災前、経済はごまかし、ごまかし、破綻の影もチラチラ。。。


国民の心は荒み、疲弊しきっていたように感じます。


そのことを踏まえて今一度



「何故、一番でなければならないのか。


本当に一番でなくてはならないのか。」



目的の本質を冷静に謙虚に


考えてみなくてはいけないと思います。




最近よく耳にする方、マイケル・サンデル氏。


有名な政治哲学者ですね。


素晴らしい学者なのか否かはそんなに興味ありませんが、


先月に見た番組で彼が最後に言っていた言葉が


とても印象深く残っています。




「Harvard for japan 世界は震災から何を学ぶことが出来るのか」


という番組でした。




私から日本にお願いしたいことがあります。


今後、原子力をめぐって議論が起こると思いますが、


その時には、率直に意見を交わし、


お互いに敬意を払った議論を重ねていただきたい。


恐れることなく、避けることなく向き合ってほしいのです。
 

今、世界中の民主主義が苦戦しています。


それは、ある種の空虚さに打ち勝とうと、もがいているのです。


ここ数十年、経済の問題が政治や民主主義的な議論を


押しのける傾向がありました。ですから、


そうした国家で不満が溜まっていることは


驚きではありません。

 
政治と政党、政治家に対する不満です。


これは、日本だけではないのです。


ヨーロッパでもアメリカでもイギリスでも、


政治の進め方に深いフラストレーションが溜まっているのです。
 



今回のことは民主主義に対する究極のテストだと思います。




人々にとって最も重要な問題、


最も職烈に争われるような問題が、


公然と敬意をもって議論できるかどうか。
 

ですから、日本でこの議論が真剣に行われることを期待します。


そして、もしそれができたのなら、


その時世界が今回の震災から学ぶことは、


教訓や復興に関することに留まらないでしょう。


日本での率直で、思慮に富んだ議論のあり方が、


世界のお手本となるでしょう。


そして、日本にとっても、


より強靭な民主主義を築く機会となるはずです。