要塞より、リビングに告ぐ。 -2ページ目

要塞より、リビングに告ぐ。

舅との同居のはじまり。
私の逃げ場はキッチン。
要・団欒のリビングから自然に離脱できるから。
頑張らない、同居生活あれこれ。


3月15日の夜。
舅が家にやって来た。

同居は二度目。
3年前に一度、一年間の同居をし、自宅に戻った。
病を患い、食事や家事がいっそう不自由になった為だ。

3年前の一年間は、思い出したくもないくらい精神的に参った自分。
再び同居に踏み切るまでは、とても筆舌し難い思いが渦巻いた。

半年で笑えなくなり、食事が苦痛になった。
できるだけ一人でキッチンで済ますようになった。
言い訳にしかならないけれど、常にそのストレスに支配され心ここに在らずだったせいか、仕事でもミスが続いて、迷惑をかけたくなくて退職した。
電車に乗車中、何気ない友人の励ましのメールに涙が溢れて止まらなくったことがあった。
人目を憚らず泣いた。



誰も悪くなんてない。
お互いがお互いに気遣って、一緒に暮らしているだけ。
ただ、違う人間なだけ。




「もうそんなの古いよ」

同居を再開する戸惑いを友人に話した時、友人はそう言った。
そうかもしれない。
だけど、私だけがそう思ってもいつまでも逃げられることでもなかった。
夫は特に私を急かしたり、強要したりはしなかった。
だけど、親戚は違う。
年賀状、電話、あらゆる手段で"私に"遠回しに義父のことを迫った。
『面倒かけるわね』
『いつもありがとうね』
『お義父さんの今の病状はどう?』

今時の結婚は、本当に2人だけの問題で治る夫婦もいるだろう。
私の場合は違った、ということだろう。
「古い」。
それだけでは、無視する理由にもならなかったし、勇気もなかった。それを勇気というべきかどうかは、もうどうだっていいね。



こうして、私は同居を受け入れた。
私は常識人の私に、平伏した。

不謹慎な表現だろうと、それが私の本心なのだから仕方ない。
誰にも遠慮も気兼ねもすることなく。
見栄も体裁もかなぐり捨てて。
私は、この要塞から誰にでもなく、また特定の誰かに、いろんな思いを告げる。



リビングに告ぐ。

私は、できるだけ頑張らない。
一度犯した過ちを繰り返さないために。
互いが互いで居られるために。