前半だけ。
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・リーダーを目指してリーダーになった人はいない。結果としてなるもの。リーダーシップは「見えないもの」を見る旅。現実には存在せず多くの人がビジョンや理想と呼ぶようなものを見る。そして実現に向けて行動を起こす。旅はたった1人で始まる。
・リーダーの行動がフォロワーに向けて醸し出す「フェロモン」と、フォロワーがリーダーに感じる賞賛によって、リーダーシップは結果として成立する。
「フェロモン」は能力やスキルではなく、人が自分自信の魂を磨く旅をする時にほかの人を感動させる何か
・「他の人が見ない何かを見てみたい」という意志を持つあらゆる人の前にリーダーシップへの道が開けている
・リーダーシップの「養成」「開発」という言葉は疑問。「結果としてリーダーになる」ような行動を自ら選択する上での環境を提供すること、そのためのきっかけを作り出すことはできる。
・権力や権限や仕組みゆえにではなく、その人の語るのを聞いて、人が1人でも2人でも喜んでついてくれば、そこにリーダーシップは存在する
・フォロワーがリーダーに見てとるのは生まれつきの資質ではなく、「行動」だ。ここぞ、という場面で明るく振る舞う。辛いときこそ、皆を元気づけるために前向きに振る舞う。
・実践から内省を通じて原理原則を引き寄せる人のこそを内省的実践家という。学者の理論よりは実践家の持論。リーダーシップは実践するもの。最終的には自分なりの持論をもとうとすることが大切。
・リーダーシップの旅は、「リード・ザ・セルフ(自らをリードする)」を起点とし、「リード・ザ・ピープル(人々をリードする)」、さらには「リード・ザ・ソサエティ(社会をリードする)」へと段階を踏んで変化していく。
だからリーダーシップは一人称で語られるべき。リード・ザ・セルフの力の根源は、見えないものを見たいと考え心の底から願う気持ち。心の中で自分自身が「吹っ切れる」ことが行動と継続を支える。
・自分の夢がみんなの夢になる。時にはリスクを冒してまで行動しようとする背中にエネルギーを感じ、自発的についていこうと思う。「吹っ切れた」自分が歩みだし、後をついてくる仲間がいて、その姿に勇気と喜びをもらい、責任感を覚え始めながら先頭をたって歩み続ける。
・リーダー自らが発する一人称の言葉は、強烈なパワーを発揮する。(キング牧師演説「わたしには夢がある。・・・」)いずれフォロワーたちも含め「我々の夢」になった。
リーダーシップとは、リーダーとフォロワーの間でそれぞれの夢がシンクロナイズしている過程。
・猿の世界では「先頭と中央」。移動するときには先頭を歩き(危険を伴うから)、みんながリラックスしたり食事をするときには中央にいる。
・リーダーはパーソナルなパワーをよりどころとし、マネジャーはポジショナルなパワーをよりどころとする。
マネジャーは「複雑生への対処」、リーダーを「変革への対処」
マネジメントに驚きはいらない、リーダーは驚きだらけ。ややもすればバランス感覚に欠け、ひやひやするが、一徹さに周囲の人の心を動かす。
・「リーダーは創造と変革を扱う」
誰かが成功してしまえば、それは簡単に見える。しかしだれかによって成し遂げられるまでは、他のだれもそれができるとは思わない。
・リーダーシップは、実際にリーダーシップをとった人にしか教えられない。だから「リーダーを育てるリーダー」の存在がないと、リーダーシップの連鎖は生まれない。
・肝心なことは経験を放置しないこと。上司がとったリーダーシップを観察したら、みんなで議論して教訓を引き出せるような場が必要。経験の意味づけ、蒸留、純化が社内で起きれば、会社にリーダーシップが育つ下地ができる。
リーダーシップについて自分の経験や観察を通じて、人に教えようと思えば教えられる自分の考え、見解をTPOV(Teachable Point of View)という略語で呼ぶ。日本イーライリリーでは社内で意識的にTPOVを語り合う作業を通じて、同社独自のリーダーシップ論を生み出そうとしている。
・リーダーシップは「信頼」だ。時間と努力をかけて信用が蓄積されると、リーダーの行動に対するフォロワーの承認が促されるだけでなく、リーダーによるイノベーションがフォロワーによって待望されるようになる。それを許されるだけの貯金が貯まっているのに、もし、リーダーが信用蓄積の上に安住していて貯金をおろそうとしなければ、かえってフォロワーの信用を失いかねない。信用の貯蓄がたくさんあれば、それを行使しない方が期待はずれ。捨てるぐらいの勇気がなければ旅は始まらない。(しかし打算はいけない)
・楽天、三木谷社長。やってする後悔とやらないでする後悔。「人生を後悔するという最大のリスクを回避している」人は多かれ少なかれヒードニズム(快楽主義)だから、得られそうな満足で選択肢を天秤にかけることはよくあるが、これをやらなかったらどういう後悔があるかという観点は、悔いのない人生を送る上で重要だろう。人生を後悔するという最大のリスクという表現にはドキッとする。
・キャリアとは「たった一回限りの人生を運ぶもの」という意味で、馬車や車と同じ語源であり、馬車が去って行ったあとの轍がキャリアにほかならない。また、轍は振り返ったらついている過去という意味で大切なのではなく、その足取りを見てこそ、これからどう歩むべきか、違う旅にそろそろ向かうべきかどうかが垣間みれる点で大切なのだ。つまり轍とは、将来を展望するためのものである。
人生を運ぶものは、何を原動力に動いているのか、キャリアを歩む力やリーダーシップの旅に出る力、その原動力は何なのかを知る必要がある。起業する人、冒険に出る人だけを特別視せずに。