こんにちはニコニコ実は、ぼくは最近仕事の人間関係で問題を抱えているのですが、そこから、仕事に関するぼくが感じていることについて述べていきたいと思っています。
よく「給料は我慢料である。楽しみながらお金をもらおうなんて虫の良い話はない」と言われますが、この意見の代表格なのは美輪明宏氏。
ぼく自身、美輪氏の著書は何冊か読ませてもらっていて、多くを学ばせてもらいました。
ただ、給料は我慢料、という意見は賛同できないです。
と言うのは、その理屈は、上司が一人の例外もなく会社の長期的な利益や発展を第一に考えていることが前提になるからです。

どんなに有能な上司でも、いつまでもその会社にいるわけではありません。
人間である以上いつかは必ずこの世を去ります。
その後も会社は存続しなければならないわけで、そのためには後進の者に会社を引っ張っていってもらう必要があります。後進を、会社を引っ張るだけの有能な戦力にするのも、長期的な利益のために必要なことでしょう。
人材の育成や、上司の責任を全うするのは大変なことは理解できます。
全ての上司が会社の長期的な利益、発展を第一に考えていて実践しているのであれば、給料が我慢料である、という美輪氏に代表されるこの意見は賛同できます。

しかし、現実はどうでしょうか。私利私欲のことを第一に考え、会社の利益や発展を後回し、あるいはないがしろにする上司はどの業界にもいるでしょう。
それどころか会社に損害を与えても構わない、と考えて背任行為を行う上司だっています。
自分の保身のために部下をスケープゴートにする、あるいはプライベートの問題をそのまま部下にぶつけて八つ当たりする上司もいますよ。
彼らは皆一様に上司の責務から逃げて平社員より高い給料をもらっているわけですからね。
いわば「我慢」を回避あるいは相殺しているわけですよ。
つまり、前提からして間違っている。

「会社から給料をもらっているんだから」とふたこと目には言うかもしれません。
しかし、給料は上司からもらっているわけではありません。
まして、給料をもらっている身分なのは上司も同じはず。
部下が上司を選べないのならば、上司による職権を笠に着ての悪行に対して反対するのは当然の権利で、なんならば部下に上司を追放する権利がなければおかしいとも思うのです。
こう言うと、「上司が部下の顔色をうかがわなければいけなくなる」とか「厳しい指導をすれば追放されるのなら誰も上司をやりたがらなくなる」とかいう反論が来るのは予想されますが、それならば所詮その程度の上司でしかないのではないでしょうか。

世界的に有名なジャズトランペット奏者の日野皓正氏が、自分が指導している中学生を平手打ちにしたことが話題になりましたが、以前にぼくは、絶対的な上下関係を前提に、それを笠に着て暴力を振るったり暴言を吐いたりするのは卑怯以外の何物でもない、という意見を表明しました。
日野氏は、自分が世界的に名を知られていて、業界では権威というべき立場にいるから、自分は何をやっても許されると思い上がっていたのではないかと非難されても仕方ないとぼくは思います。
自分が気に入らない態度だったというのなら、やる気がないなら必要ない、と言ってメンバーから外せば良かったのではないでしょうか。

日野氏の行為について、業界からは「ジャズの世界ではつかみ合いなどは日常茶飯事で、それは良いものを作るべく真剣だからこそ。平手打ちが許されないなら良いものは作れなくなる」
と、日野氏の行為を擁護する意見がありました。だとするならば「ジャズはチンピラの音楽だ」と言われても仕方ないと思いますよ。
所詮楽器が演奏できる以外はその程度の人間でしかないのだから。
その程度の人間がやっていることが明るみに出たからこそジャズが誤解されるんだ、ファンに対して恥ずかしいと思わないのか、という意見の方もいることを願ってやみません。

一方、今は亡き作曲家の平尾昌晃氏は、歌手に対して「音楽は楽しんでやるものなんだ」と常に言っていたと聞きます。
ぼくは、平尾氏に対して、笑顔の素敵な人だな、という印象を持っていて、多分、演者である自分が楽しくないのに、それを見ているお客さんが楽しんでくれるはずがない、というのが平尾氏の徹底した考え方なのかな、と思うのですが、ぼくの見方が正しいならば、平尾氏は本当の意味でのエンターテイナーだと思います。

本田健氏は、自らの著書の中で、「その仕事を心から楽しんでいる人と、嫌で仕方ない人と、お客さんはどちらからサービスを受けとりたいでしょうか。前者であることは言うまでもないでしょう」と述べています。

実はぼく自身、企業の面接を受けるために志望動機を書こうとしても全然書けないことを真剣に悩んでいた時期がありました。
そんなある時、インターネットの記事で、「仕事とはお客さんにモノやサービスを提供することである」という一文を見たときハッとなりました。
それならば自分にとって嫌なことを仕事にしても中途半端な気持ちでしか仕事ができなくなるから、お客さんが満足してくれるわけがないな、と思うようになりましたね。

そういえば、介護の仕事が人手不足であることが問題になっていますが、仕事に困っているのならつべこべ言わずに介護の仕事に行け、という意見がマスコミを中心によく言われていましたね。
ぼくは、そんなことを言う人は、介護の仕事を、ひいては仕事というものをなめているな、と違和感を覚えました。
介護の仕事を、仕事に困っている人の最後の受け皿だとでも思っているのでしょうか。
介護だってれっきとした仕事である以上、能力や適性は求められるわけで、誰にでもできる仕事ではありませんよ。

性格が一人一人違うように、能力や適性だって一人一人違うんですよ。だから、自分にとって能力や適性を発揮できる事はなんだろう、と真剣に考えることは大事だと思うんです。