内藤礼の展示を見に行った。

「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」

大好きな作家。
1991年に佐賀町エキジビットスペースで「地上にひとつの場所を」という展示を見てから気になっている。
現代美術やインスタレーションということををはっきり意識して鑑賞した初めての作品だったと思う。

今回は神奈川県立近代美術館・鎌倉館でのインスタレーション。
2階での室内の区切られた空間の展示と、1階での借景を利用した開放的な空間での展示。

2階から入る。
暗い空間に、小花柄や動物柄などのかわいらしいファブリックが敷かれた上に
クリスマスライトが花のように光っているのが、展示ケースにいくつも入っている。
ライトの傍らにはリボンやオーガンジーなど。
乙女がハート鷲掴みにされそうないろいろなかわいらしいモチーフが組み合わされて並べられている。
傍らには水の入った瓶やビー玉。天井からは白や薄い色の風船。
展示ケースはL字型の通路の両側にあるのだけど、外側の展示ケースには中に入って見ることができる。
つまり、普段作品が陳列されている場所に足を踏み入れるということ。
内藤礼らしい展示の仕方だけど、いつもと違うなと思うのは
普段は薄い布や壁で外界を遮っているのが、今回はガラスだということ。
遮られているけれど、見えるし、見られている。
そして暗いので、ガラスが鏡面のようになって、光がどこまでも映り込む。
区切られた空間だけど、それが無限にも見える。
一方、水の入った瓶はガラスを隔てて対で置かれている。
映ったものでないことを示すために、片方の傍らには小さな透明のビー玉。
現実とそうでないものが共存している空間。
少女らしいモチーフで、普遍的な世界が表現されている、不思議な感覚。

外の通路を抜けて隣の展示室にも作品が。
明るい空間に小花柄の布が一面に敷きつめられている。
右手前の傍らには、直径8cmくらいの薄くて丸い紙に小さな文字で一言書かれていて、
その紙が10cmくらいの高さに積まれている。
鏡文字で印刷されていて、裏から透かすとちゃんと読める。
敷いてある布がこの世界だとすると、丸い紙は無数に発せられた小さなメッセージに思える。
世界を俯瞰しているような気持ちにも、ぐっと身を縮めて蟻くらいになったような気持ちにもなる。
マクロとミクロを行き来するような、そんな感じ。

1階に降りる。
中庭のイサム・ノグチの彫刻作品『Kokeshi』の上からひらひらと舞う、白いオーガンジーのリボンが2本、青い空に映える。
目に見えない風や空気の流れを意識させられる。
半屋外の彫刻展示室には。小さくて透明なビーズをつないだものが天井から床に一直線に貫かれている。
平家池のほとりには、そのビーズが半月側にたわんで据え付けられている。
手すりには水が入った瓶がいくつか。
水の流れとか、連続性とか、形のないものに形を与えるとか、そんなことを思う。
最後の作品は少し探してしまったけど、見つけた時思わずにっこりしてしまった。
貝ボタンが2個嵌め込まれていて、それはまるで、振り返ると目に入るKokeshiの彫刻のよう。

図録を買った。
インスタレーションは、一定期間しかそこに提示されない作品。
後で思い出すきっかけがほしくて買った。
後ろの方に内藤礼の文章が載っていて、書き出しが
「なににもならなくていいよ。おいで。」
さっき丸い紙に書かれていた言葉も「おいで」。
この世界に「おいで」と言われて生まれてきたような気もするし、
他の人に向かって自分のいるところに「おいで」と呼びかけているような気もする。

作品に接していると、包み込まれるような気持ちになる。
平らで穏やかな気分になる。