僕の働いている会社は某大手運送会社です


 昔からブラック企業で有名でしたが、二年前建設関係で働いていた僕は安定しない収入に嫌気がさしサラリーマンに憧れて入社しました


 面接では手取り35万円は貰えるとの話でしたが、最初の給料は23万円でした


 ちなみに11月の給料は寮費と社員旅行代、生命保険が天引きされて手取り15万円でした


 ボーナスは、怒りを通り越して笑ってしまう2万円です


 もちろん不景気だった時の建設関係の年収をはるかに下回ります

 給料は安定しましたが...


 今は大企業扱いされたりもしますが実は未だに警察に登録されている現役バリバリのブラック企業です


 パワハラに始まり、サービス残業、サービス出勤、休憩なしは当たり前、死亡事故が起きたり、過剰請求が見付かったり、休憩時間のデータ改ざん等、法律違反目白押しです


 実は年末に、僕は上司にキレてしまいました


 二日前に出勤日を勘違いして大遅刻した上司に朝一番から早く出勤して来いと説教されるという、個人的にありえないシチュエーションに遭遇してぶん殴ってしまいました...


 そのまま労基に行き、さらに知り合いの弁護士に相談し準備しましたが、労基、ハローワーク、警察共に正月休みに入り、段取りが完璧でないので今日までおとなしくしていました


 今日から戦闘開始です


 相手は三万人の大企業なので手加減する余裕はありません


 僕の味方は法律だけです


 


 

権利=法の目標は平和であり、それに達する手段は闘争である。
権利=法が不法からの侵害に備えなければならないかぎり、闘争が不要になることはない。

法の生命は闘争である。世界中の一切の法は闘い取られたものであり、すべての重要な法規はまず、
これを否定する者の手から奪い取られねばならなかった。

国民の権利であれ個人の権利であれ、およそ一切の権利の前提は、いつなんどきでもそれを主張する
用意があるということである。

権利=法は単なる思想ではなく、生きた力である。

「権利のための闘争は、権利者の自分自身に対する義務である」


人間にとっては、精神的生存の条件の一つが権利の主張なのである。
権利と主張がなければ、人間は家畜なみになってしまう。
したがって、権利の主張は精神的自己保存の義務であり、権利の完全な放棄は精神的な自殺である。

これらの生存条件は、法による抽象的な保証だけでは不十分であって、権利主体による具体的な主張を必要とする。

自分の権利を主張する者は、自分の権利という狭い枠内で法そのものを防衛することになる。
したがって、彼の行動は彼一身をはるかに超えた利益と効果を持つ。

権利者は、自分の利益を通して同時に法律を、法律を通して同時に社会の不可欠の秩序を防衛するのだということが事実とすれば、この防衛が社会に対する義務として権利者に義務づけられていることを否定する者がいるだろうか。



権利のための闘争 (岩波文庫)

イェーリング (著), Rudolf Von Jhering (原著), 村上 淳一 (翻訳)