時々この3ヶ月前に観た映画の事を思い出します。特に練習中。


この歳になって、もう我儘なくらい自分の演りたい事しかやってないんだけど、多くはないとは言え、それを楽しみにして下さるお客様やファンがいらっしゃる。自分の何処が良いのか?なんて分からない。そこは聴いてる方に委ねて自分はやるべき事、やりたい事を為すだけ。


この映画のコニッツにも似た様なものを感じました。他人が作った音楽を100%理解して演奏してるというよりは、その場で自分の出来る事、すべき事を100%成し遂げる。何故、自分の演奏が賞賛され、そこに呼ばれてるか…なんて理解は出来ないし、する必要も無いけど、強いコダワリを持ってひたすら音楽に向き合う。クールジャズが流行ってて、そのブームに乗って演奏してた頃とは異なる立ち位置を長年貫いて来たのは凄い事だと思います。僕は正直、若い頃の音楽の方が好きだけど(笑)


この映画に出て来る人達は皆んな、そういった強いコダワリを持った人達。結局は、演りたい事をとことんやるしかなくて、一般的に音楽業界に必要とされるマーケティングやマネタイズを軸にしたところで、このジャンルにゃ無意味だし、逆に音楽の軸はブレてクオリティも下がり、大切なファンをガッカリさせる。正直、僕の今一番好きな音楽!とは言えないタイプのジャズだったけど、それは僕の好みの問題で、それを好きなファンがこういった音楽を支えているのは事実です。


僕自身これから何処に向かって行ってるのかさえ分からないし、演奏以上にレコードを聴いてる方が楽しいし、そこには無限のまだ未知のアイディアが埋もれてて、発掘しては自分の中に取り入れて、更に発展させるというのが自分の為すべき事。そこに他人に評価されるか?って期待は全く無く、それでも稀に評価されるとそれはそれで嬉しい。


ただ単純にそういう事なんだと思います、音楽活動って。共感してくれる人の為に発信し、何らかの影響が与えられたら本望。もう人気者になりたくてとか、ジャズの裾野を広げるとかどうでも良くて、演りたい事やって、共鳴してくれる人が居たら只々嬉しい。それだけ。


コニッツもそうだったんじゃないかなぁ。