大学時代の友人が学生時代のビッグバンドの動画上げてて、久々にハタチ過ぎの自分の演奏観たんだけど、いやぁ、小っ恥ずかしい(笑)


'96年に6年間のアメリカ生活を終えて、東京に出て来て演奏活動を始めたのだが、とある店でバークリー音大時代の同期のピアニストと一緒になった。演奏後こう言われた。


「宮地ってさぁ、バークリー時代なんも出来なかったのに、凄いねぇ!良かったよ!」…って。褒められた事より「そう思われてたんだ…」というショックの方が大きかった(笑)まぁ、割と何でも辛辣に思った事言う人だから、率直に褒めて頂けたのはとても有難い。


自分が音楽の道に進んだのは、何か根拠の無い自信だった。過去の自分の演奏を聴いて「よくこの演奏で…」と今なら思う。色んな能力面で他のミュージシャン達より遥かに劣ってたと思うし、今でも、コンプレックスを抱えて日々勉強し努力している。


でも、その「根拠の無い自信」には、将来自分はこうなる!という高い理想が見えてたからだと思う。バークリー時代はそれこそ、その目標に向かって1日12時間、唇から血を流しながら練習していた。(まぁ、これも今となっては大半が無駄な根性論だとは思うけど苦笑)


やがて、その理想は現実となり、漸く満足の行く演奏が出来る様になった。が、すぐにそんな自分に飽きてしまい、全く別の高みを目指す事になる。あぁ、一生これが続くんだ…とその時理解した。


齢60を迎え、若い頃の瞬発力や記憶力にも衰えが目立ち始めた。顎関節症から始まった身体のトラブルも多岐に亘り、致し方なく「ダブルリップ」という一般的でない奏法になったが、それまで1時間以内に収まってたウォームアップを含むルーティン練習は2〜3時間必要となり、演奏が極めて困難な状況がひたすら続いた。


フィンガリングを変え、楽器がなるべく動かない構え方を研究し、楽器も改造し、どうしても出来ない運指は全てオルタネート・フィンガリングに変更し、まるで初めての楽器に触れてる様な感覚が2年半続いた。


それが今月に入って、漸くルーティンが1時間で収まる様になって来たのだ。めちゃくちゃ嬉しい。まだまだ改善の余地は有るものの、身体への負担も激減したし、速いパッセージもほぼシングル・リップ時代と変わらず出来る様になって来た。もしかしたら、以前より上手くなったかも!


決して若い頃がピークではない。色んな経験を積み重ね、色々試行錯誤し、常に新しい理想を追い求めさえすれば、歳を取っても伸び代はまだまだ有る筈。世間からの評価なんて気にせず、「近い将来、自分はこうなる!」っていう明確なビジョンさえ有れば、必ずそこには到達出来る。そして、ストーリーはそこで終わらず、常に更新されるのが人生なんだな。