ある人から相談があった。


目の前にある選択肢に対して、どうすれば

良いのか思い悩んでいるのだが、これは

誰にでも起こりうる問題だ。


今日の昼食は何にしようというのも、この

類の話だし、人は常に選択肢の中で生きて

いるのだ。


とはいえ、昼食はどうしようといったこととは

比べようがないくらい需要な選択をしなければ

ならない時がある。


この人にも言ったのだが、私は重要な選択を

しなければならなくなった時にいつも思うことが

二つある。


一つ目は、人生に後悔はつきものなのだから、

やらないで後悔するより、やって後悔しようと

いうこと。


二つ目は、このブログでも書いたことがあるかも

しれないが、最高の選択などない。最高の選択に

するのだということ。


目の前の選択肢に当たりくじなどないのだから、

選んだ選択肢を、後付けで当たりくじにするのだと

いうこと。


まぁ、その前に思いっきり悩むことが必要だよね。


自分自身と逃げずに向き合って、もうこれ以上

ムリっていうくらい悩んだあとに、この二つの話に

行き着くと、答えが出るかもしれない。


でもって、一つの選択肢を選んだのならば、あとは

ひたすら一生懸命頑張るだけ。



といったところで。







こんな話を聞いたことがある。


スポーツ競技において、しばらく更新される

ことがなかった記録を、ある時誰かが更新

すると、次々とその更新されなかった記録を

超える人が現れると。


この記録が人間の限界だと思い込んでいる

人には、その記録を更新することは出来ない。


「常識とは、二十歳までに作られた偏見である」

というのはアインシュタインの言葉。


人は前例があることには安心するが、前例が

ないことには不安を感じる。


不可能だと思われることが、ホントに不可能な

ことなのかどうかは、それに取り組む人の気持ち

次第なんだろうね。


なんてことを、自分に言い聞かせる今日この頃。