めったにドラマを見ない私ですが、このドラマには期待せざるを得ない。
興味を惹かれたのは、現代の病巣を忠実に捉えた、退廃的でリアルなその世界観。
シェアハウスに住む男女のつながりは非常に危うく、今にも壊れてしまいそうな脆さと繊細さを持っている。
敏感すぎるために、世間との一般的なコミュニケーションがとれず、自分が何者なのかも分からない。
ただ、なんとなく気の合う仲間と一緒に集まることで、そのわけのわからない苛立ちから、一時的に逃避しようとしている。
ただ、それは彼らにとっては自分自身が自分自身であるために、それぞれが信じる自由を掴み取るための、もがきの所作のようにも見える。
主人公のルカは言う。「バイクで空中に跳んだ瞬間は一瞬なんだけど、時間が止まる。男も女も関係なくなって、なにもなくなって、ただ、私という存在だけが残る」
それぞれの自由を追求し、しかしそれが故に、お互いが傷やズレを抱えたまま、確実に破滅へ向かっていく過程を、写実的に、怖いくらい現実に沿った形で、描き出している。
しかしそれは同時に、カタルシスともいうべき、一瞬の美しさでもある。(だからこそ、人間は破滅に惹かれる)
その階段を上り始めたことに、気づき始めた者、気づかない振りをしている者、まったく気づかないで、知らないうちに進行してしまった不幸の種の開花に戸惑う者、それぞれの感情と、立ち位置、思いが交錯していく。
絡まった赤いリボンに、ほどき方は無い。
村上龍、岡崎京子、トレインスポッティングなどの作品に見られるような、1%の希望と自由を孕んだ独特の腐敗ムードは、現代のドラマにも息づいている。
最近だと、「女王の教室」、はるか昔だと、「凍りつく夏」。
楽をするために、考えなくてもいいように、感動する人間をたくさん量産するシステムとして、ただ機能するしかない、TV局が仕掛けたトレンディドラマ。そのアンチテーゼとして、本当の意味で、人の心を動かすドラマになって欲しい。
一言でいうと、上野樹里の存在感、ヤバス。