花倉城 | お茶の国から

花倉城

ついにこの城の御城印が出ました。


花倉城です


今川義元の家督争い最終決戦の地


かなり山の上で駐車場がないことは知ってたんだけど、できることなら歩きたくはない。

噂では軽自動車ならそこそこ登れるらしい。

アクアはダメなの?

と不安げにとりあえず御城印を売ってる藤枝市のしら藤の里へ

お店の人もよくわからないみたいなんで、仕方ないんで車を置かせてもらってそこから歩いて登ることに。

5分位歩いて入り口の看板があるのであとはひたすら1本道を登るだけ。

ちゃんと舗装されてるしこれなら車で行けるじゃん。と思ったら15分位登ったら路駐してる車が連なってる。なにかと思ったら地元の小学生のお茶摘み体験の父兄の車だ。いや車で来なくて正解だったわ。

更に登ること20分位

これだけのぼりました


で、ようやく大手口にある説明板まで到達

うん、これなら茶摘み体験さえなければ車でこれたね。まあちょうどそうゆう時期だったから仕方ない。

ここまで攻めてきた義元軍の体験ができたということでよしとしましょう。


ここからは本格的な山道


いきなり現れる土橋に興奮


堀切もエグい


足元悪いし崖はキツイしで慎重に歩き続けてようやけ本曲輪まで到着。


義元の家督争いについて説明すると


義元自身はもともと今川氏親の五男で家督を継ぐ立場になく、仏門に入りました。法名を栴岳承芳(せんがくしょうほう)といいます

義元の父氏親の死後、長男の氏輝が継ぎますが病弱ですぐに亡くなります。そのときなぜか次男の彦五郎も同じ日に亡くなります。暗殺だったかどうかは今となってはわかりません。

そこで異母兄の玄広恵探が家督争いに名乗りを上げましたが、義元が正室の子であることなどから家臣団の支持は義元有利であり、最終的に玄広恵探が籠る花倉城を攻められ降参し恵探は自害します。